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『徒然日誌』 2017年1月から6月

2017年6月28日(水) 晴れ
護摩焚く。
昨日留守をしていたら、サノフミアキ君から午後転送で電話がかかってきた。「行ったが留守だった。御朱印を貰いたい」とのこと。明日は居るし、28日で護摩も焚くのでその時間に来てはどうかというと、「是非行かせてくれ」という。今年勤めを辞め、酉年生まれの彼は、守り本尊の不動明王をこれから少しずつ訪ねて歩きたいということで、先ず同級生でもある僕の寺のお不動様を訪ねてくれたのだった。御朱印帳の最初のページに書く。6月28日の日付を入れ、発心して初めての御朱印を、28日の不動尊の縁日にもらったのはとてもよかったのじゃないかと話した。上野原の若菜さん親子も参座してくれた。午前中雨が残り、とても蒸し暑い日になり、護摩を終えた時間には雨が上がり陽が射し始めた。汗をいっぱいかいた不動護摩。初めての護摩を体験したフミちゃんはとても喜んでくれた。また28日にお出でよと誘った。午後5時過ぎまでかかって本堂と護摩壇の掃除終える。
2017年6月26日(月) 晴れ
植栽の刈り込み終わる。
客殿裏の庭のツツジなどの刈込を済ませこれでおしまい。この裏庭、荒れてしまい、ツツジも幾株も枯れてしまった。草ぼうぼうにならないようにできるだけきれいにしておくことで勘弁してもらっている。植物を育てて管理していくのも、浅い知識じゃどうしようもないわ。本山から、大峯山奥駈修行の案内が届いた。今年は台風被害によりここ数年中断していた全行程を再開するということだが、悪路が続くために全行程への参加者を15名とするということ。早速全行程への参加を希望する旨のFAXを送った。帰りの日程は去年と同じなので、その日のうちに帰ってこられる。去年より一日多くなるだけで済むので申し込んでみたが、選考で落とされるかもしれない。その時は昨年のコースに参加することにすればいい。ミニトマトが少し色づいてきた。
2017年6月24日(土) 晴れ
唐組。
甲府駅北口の甲府市歴史公園・山手御門前というところに唐組の紅テントが立ち、午後7時からの『ビンローの封印』の千秋楽の公演を見に行ってきた。唐組と名乗っているがここに唐十郎がいるわけではない。唐の演出や脚本に魅せられた役者たちが集って劇団唐組として公演を続けているらしい。山梨は初ということで昨日と今日の2回公演で、4月末から始まった春公演の本当の千秋楽が今日。ひと月ほど前に公演のあることを知って、妻と娘に話したら「行きたい」という。なら、行こうということになった。唐の劇団がまだ「状況劇場」だった頃、はじめて見たのが下北沢で、根津甚八がいた。僕は20歳くらいだったか。それから大学を出るまで、年2回の公演を必ず見に行っていた。やがて根津がテレビに出て人気が出てきて辞めると、次は小林薫が主役を務めた。この頃の状況劇場の役者たちは、超売れっ子だったかもしれない。NHKの大河ドラマ「黄金の日々」には、根津、唐、李礼仙も出演した。その頃の紅テント公演は観客数もすさまじく、入場してから、「さあ、あと20センチ前に詰めてください」などの大声で観客を前に詰めさせる掛け声が毎回頻繁にかかっていた。今夜の公演はおそらく300人を欠けていたのではないだろうか。テント内にも余裕があり、膝を延ばしてゆったりと見ることができた。40年前の記憶が少しずつ蘇ってきて、唐の早口でテンポよくぽんぽんと飛び出すセリフと同じように、唐演劇の特徴がよく出ていたと思う。甲府駅北口のすぐそばで、救急車の飛び交うサイレンが轟いてきたりと、野外テントならではの雰囲気を存分に味わうことができた。根津甚八は去年残念ながら亡くなってしまったけれど、パソコンもケータイもなく、はがきや公衆電話で連絡取りあう時代だったけれど、親しい友人たちとワンカップを買い込んでは、膝を抱えて窮屈なテント内で、飲んで汗かきながら見たもんだ。母娘にもおおむね好評であった。ただ今、こういうテントが観客を大量に呼び込む力があるかどうかは、きっと大変に違いない。
2017年6月22日(木) 晴れ
池の周りの刈込終わり。
昨日だいぶ降ったので、ツツジなんかはまだ葉が濡れていたので午前中は我慢して映画と読書。昼食後少ししてから外に出て池の周りのツツジの刈込をする。5時近くまでかかって終わる。これで一か所完了。やっている間にご朱印を貰いに一組来寺。百番が私の実家ですと妹さんに言われて訪ねたとのこと。回してもらって感謝。これで晩酌できるわ。
2017年6月21日(水)
一日雨激しく降る。
こんな雨はもう何十日ぶりだったろうか。JR身延線も一時、身延・富士宮間が運休となった。これで草が伸びてくる。真竹のタケノコがやっと食えそうなのが出てくるか。早昼飯を食って、正午からの福寿院のご住職の葬儀に行く。大雨にもかかわらず大勢の参列者あり。高野のお寺だが、こことはあまり面識がなかったので焼香だけで帰ってきた。いまはもうほとんど高野のお寺との交流はない。ここも世代替わりが進んでいるようだし、叔父の寺もなかなかに厳しいとの話だったな。将棋の藤井聡太四段、歴代最多タイ28連勝の記録に並ぶ。デビュー以来負けなしなのだからこの人はすごい。連勝記録はきっと塗り替えるのだろう。
2017年6月20日(火) 晴れ
刈り込み。
池の周りのツツジ、ヒイラギなど刈りこむ。半分やって午前中で終了。残りはまた後日。明日から雨になるようなので。ぐったりとしてしまうほどにはもう体を酷使したらいかんのだ。天の声が聞こえるのではないが、内船寺の住職からも、「暑いときは絶対無理しちゃだめだ」とよく言われた。調べたら、スズメバチトラップの仕掛け時期は4月から5月頃にかけてで、この時期、女王蜂が巣作りをはじめる場所を探しているときで、この時期に仕掛けて女王蜂を捕えてしまうと、巣作りができなくなるので特に効果があるということだ。最初に仕掛けたのにいきなり入ったものだから、期待をして3か所に吊るしたが、捕獲なし。来年はしっかりと早めに準備してもっとたくさん吊るしてみようと思う。
2017年6月19日(月) 晴れ
雨降らず。
夕べそれでもちょっと降ったと見え、外が少し湿っていたし、朝が少し冷たく気持ちよく思えた。あとは太陽が元気よく登り、暑い一日になった。クルマの6ヶ月点検と、リコールがあったのでその箇所の部品の交換に行ってきた。DOOBIE BROTHERS鳴らしながら飛ばしてきた。ツツジの刈込ちょっとする。読書、ドラマ。護寺会の夏の通知づくりなど。
2017年6月18日(日) くもり
スズメバチ・トラップ
雨を呼んできそうな曇り空の日になったが、今夜あたり降ってくるか?スズメバチトラップを自作した。1時間もたたずにスズメバチ1匹捕獲。内船寺に行ったときに庭に吊り下げられていたので教えてもらった。帰ってからYouTubeで検索したら出てきてこれらを参考にして作った。去年初めて女房が市販のを買ってきたのだが、自作の方が安くて簡単かもしれない。空のペットボトルが手元に1本しかなかったのだが、もう数本作ってみようと思う。内船寺では春ぐらいから吊るしておいたとのこと。こういう情報を得られるのはありがたい。即効性があるのだからたまらない。午後竹藪の周りの細い竹を刈る。雨が降ればタケノコが食えるだろうか?
2017年6月16日(金) 晴れ
ザリガニ。
今日は30℃越え。午後なんて外には出ていられない。午後4時過ぎてもまだ30度あるのだから。11時過ぎに下山小の2年生20人が引率の教師2名と来寺。目的はザリガニ釣り。送迎バスの運転手のKさんも手伝ってくれる。カラカラ天気続きで池ではなく、かつて壁土をこねたという本堂横の窪地に水がほとんどなく、真ん中に少し水があるだけで、ザリガニ釣りには難があるので前日に小学校へ「干上がってます」と連絡入れたが、朝早くに教師が現地確認に来て、やはり子供たちは楽しみにしていたのであろう予定通りにやってきた。3小学校がこの春合併したが2年生は全部で20人。決して多くなったとは言えないが、十分に賑々しく僕らにとっても楽しい時間だった。窪地は前夜に猪が来たのか、泥地がまたひどい状態になっていたのだが、子供たちはそんなことを気にする様子もなくザリガニ釣りに興じる。1時間ほどいたが、3分の1近くが服や靴をどろだらけにしてしまう。泥に靴を取られてしまい、靴下で歩く者も。僕らも手伝ってやるが一番は最後。本堂横の水道からホースを延ばし、靴を洗ったり、足を洗ったり、服を濡れタオルで拭いたり。運転手のKさんは「ケツにドロが付いてる奴はイスに座らせんからな」。本堂前で記念写真を撮ってまた騒がしくお帰り。お昼過ぎに校長先生からお礼の電話をもらう。午後妹の嫁ぎ先の内船寺に所用で行く。甥の子供も1歳を過ぎいよいよ目が離せなくなってきたようだ。たまたま妹の誕生日でもあった。久しぶりにのんびりとゆっくりと話をして帰ってきた。たくさんのハスの鉢が境内に置いてあった。みな檀家の有志が設えてくれたのだという。まあこの寺と比べてはいけないということなのだ。行藏院ご住職ともゆっくりと電話で話す。安倍首相が金正恩以上に異常に凶暴になって吠えまくっている。アンドレ・ザ・ジャイアントに首根っこつかまれて宙にあげられたら、一人じゃ何もできないだろうけど、あいつこそ、自分の右に出てくるものがいないのをいいことに独裁しているような気になっているのだからどうにもしようがない。負け続きで負けに慣らされてしまったらいかんなぁ。
2017年6月15日(木) 晴れ
今日も外仕事。
今日も暑い一日。午後少し風ある。獣除け柵の扉の開閉当番二日目。5時前に開けに行く。昨日と同じ人に出会う。鐘楼横の這松の刈込を中心にツツジなど午前中作業。おp昼少し前に都留の山本さん、祭典の時のお札持ちに来る。お茶を飲んでまたすぐに慌ただしく帰ってゆく。親を介護しているのでなかなか家が開けられないとのこと。御札送りましょうかというと、必ず貰いに行くから置いといてくださいという。遠いけれど、時間をなんとかやりくりしてわざわざ寺に来てくれる。こういう人が不動尊信者であることはうれしい。寺を維持していくことが年々厳しく感じ始め、実際年々厳しくなってきている。寺を維持してゆくこと、掃除、管理してゆくことが厳しくなってくる。こういうのは寺が立ち行かなくなり、寺が倒産してゆくことかもしれないと思うようになってきた。午後少し日が傾いてきてから刈り込んだ後の始末をする。藻がはびこってきたので、メダカの水がめの掃除をする。蓮の種10数個から芽が出たが、芽が伸びて実際に容器に土を入れて育ってきているのは2つだけである。何とかこの2つしっかりと育ってほしいものである。
2017年6月14日(水) 晴れ
剪定。
今日と明日、獣除け柵の門扉の開閉当番。5時少し前に開けに行く。もうこの時間に歩いている人がいる。この時季の朝のさわやかな時間は至福の時だなぁ。梅の枝を剪定したりする。暑くなる。一日やるともう明日のことは考えたくなるが、ツツジの刈込も始めなければならない。昼食後映画を見てから本を読み、午後3時半から刈り込んだ枝の始末をする。
2017年6月13日(火) 晴れ
熊皮。
お昼少し前に、知り合いの早川のMさんが何やら抱えて訪ねてくれる。なんと熊の毛皮である。僕が熊の引敷がほしいななんて日記に書いたため、それを読んで家にあったものをほぼ必要がないのでと、「これで作れたら作ってみたら」とわざわざ届けてくれた。大きな一頭ものなのでもったいなくも思ったが、ありがたく頂戴して作ることにした。ネットでさがして新潟にある毛皮なめしや毛皮の縫製加工する会社に問い合わせ、午後送ってきた。気温余り上がらず過ごしやすい一日になる。朝久しぶりに秋山さんから電話があり、義姉のところ用に頼んでおいた曙大豆の種を貰いにゆく。またこの夏古巣でアルバイトしている。そのうちまた飲もうと。東海師からも大峯の写真見たとメールある。彼が大峯に行ける日までなんとか元気で頑張りたいものである。
2017年6月12日(月) 晴れ
葬儀助法。
不動寺の葬儀の助法がある。正午からの葬儀。前回はいつだったかなというような久しぶりの葬儀の手伝い。今年は衣を着る機会がいつもの年よりうんと少ない。だれに責任があるわけでもなく、黙ってこの状況を受け止めながら生きているしかない。しっかりと務めて帰ってくる。
2017年6月11日(日) 晴れ
のんびりと。
朝から6日からのことを思い出しながら「徒然」を更新し、写真もアップした。これで今日は十分。体のあちこちに痛みがまだ残っている。午後荷物が帰ってくる。メールをくれた行藏院、東海師に知らせ。敬さん、山ア師にもメールで知らせる。今日は涼しい風があり、過ごしやすい日曜だった。明王寺ご住職よりサクランボ送っていただく。お礼の電話を入れ、大峯に行ってきたことを話し、7月の納涼会で会おうと約す。
2017年6月10日(土) 晴れ
大峯花供入峰D。
7時過ぎまで全く目覚めることなく寝入った。はっと気が付いて起き、顔を洗ってから二人していざ朝ラーメンを目指す。京都駅前泊だからできること。「本家 第一旭 たかばし本店」は、土曜の朝7時半過ぎ。店の外に5人ほど並んでいる。15分ほど待って入店。ビールを1本頼み飲みながらラーメンを待つ。美味い!確かに美味い。うまく僕にはその味を表現することはできないけれど、並んでも食べたいという気持ちはわかるような気がした。でも1時間とか待つのはちょっと勘弁だなぁ。宿への戻り道、朝のDX東寺劇場を眺めて帰ることにした。「素人大会、今日までだってよ」などと話しながら看板見たりしていると、脇の通用口から人が出てきて掃除を始めた。山ア師が「石田さん、ピコ太郎だよ」という。まさにその通り、ひと月前の夕暮れの劇場前に立っていた、パンチパーマのピコ太郎似の方だった。「住み込みなんだなぁ」。宿に帰り出発の準備をして京都駅八条口で、飛行機で新潟に帰る山ア師と固い握手をして再会を約して別れる。9:58の新幹線に乗り、13:16に下部温泉駅着。女房が迎えに来てくれている。送り返した荷物は明日だ。録りためておいた「ひよっこ」「リバース」など見る。
2017年6月9日(金) 晴れ
大峯花供入峰C。
一転して快晴。暑い暑い吉野下りとなる。2:30朝食。宿の玄関先で感謝の御法楽をして龍泉寺に向かう。4:30龍泉寺の職員の皆さんに見送られて吉野下りへバスで出立。1時間ほどで地蔵峠着。ここでバスを降り地蔵堂で御法楽し、鳳閣寺に向けてつらい坂道を上る。鳳閣寺に着いてしばし休憩の後、理源大師御廟参拝する。山道がきれいに整備されていた。この行き帰り、Mさん右足を引きずり相当にきつそう。Mさんは鳳閣寺で歩きを断念しバスの人となる。鳳閣寺に戻り門跡猊下導師の柴燈護摩厳修。いつもの如く、檀家の皆さんによるお接待があり、ぜんざいやお茶をいただく。休憩の後、最後の吉野蔵王堂までの下りを始める。途中金峰神社で御法楽と昼食。厳しい陽射しと気温になる。蔵王堂の手前数キロのところから最後の隊列を成し練行する。吉野の門前街でバス移動組が本体に合流する。法螺を立てながら蔵王堂に入る。蔵王堂の前で、管長猊下並びに職員の皆さんの出迎えを受ける。堂内に入り御法楽。最終日雨でなく本当によかった。記念写真を撮った後、ロープウェイで吉野駅まで下ろうと思っていたのだが、現在故障中で運行が取りやめになっていると知り、あわてて最後の力を振り絞って歩く。駅前の売店で缶ビール。13:00にバスで醍醐寺に向け出発。車中は静かに静かに眠りをむさぼる。3時過ぎ本山帰着。本山職員の出迎えを受けながら列をなして最後の峰から出てきたという「駈出護摩」厳修。三宝院玄関前で御法楽と帰山の報告をして、白書院にて入峰修行章をいただきながら本山の心づくしをいただく。僕と山ア師は食べずに今夜の宿へのお土産とした。横浜へ帰る敬さんは風呂を使いさっぱりしてから、荷物をまとめて17:45発のバスで京都駅に向かう。来年も都合が付けばぜひ参加したいといい、厳しかったが心に残る修行であったことをうれしく思った。僕たちはその後、はたやま商店でバスを待つ間、橋本師、田村師とコップ酒を飲むが、予定したバスが季節運行であるとわかり急きょタクシーを拾い、宿「御旅庵」近くで降ろしてもらう。宿に土産を渡し、近くの店に飲みにゆく。呑み屋のご主人から、朝5時開店の「本家 第一旭 たかばし本店」を教えてもらう。宿に戻りシャワーを浴び、暫し語らう。修証殿で、150キロ氏に「来年も来いよ」と声をかけると、腹をさすりながら、「落とさないとダメでしょ」と、幾分力なく言葉が返ってきた。厳しい修行を共にする仲間は多い方がいい。「でも会いたいじゃん」とリュックを肩に掛けて出ていく彼に、あきらめるなという思いでもう一度声をかけた。花供の写真は↑の「NEW」から。
2017年6月8日(木) くもり
大峯花供入峰B。
午前零時過ぎに起き、0:30から龍泉寺水行場にて同行の随喜の皆さん後水行する。凍えるような冷たさはなかったが、頭をとった山ア師が張り切って心経も3巻唱えさせられたのはちょっと厳しかったな。宿に戻り熱い風呂で体を温めてから朝食。2時半に宿を出て龍泉寺で御法楽してからいよいよ大峯に向け出立。真っ暗な洞川の温泉街に法螺の音が轟く。唯一の女人禁制の山であるため、「女人大峯」の異名を持つ稲村ヶ岳に登る女性修行者と途中別れる。女人結界門より一年ぶりに大峯に足を踏み入れる。今回は同行の山ア師の指示によって行動するという「奴隷修行」なので、ゆっくりと大峯の山懐に抱かれているのを感じながら敬さんと3人で登る。手元の灯りがいらなくなる頃白々と夜が明けてくる。途中洞辻茶屋で園田先生たちと御法楽する。最後尾を歩いて登ってきた本山職員の方から、150キロの巨漢を一本松茶屋に捨て置いてきたことを聞く。何人かに話を聞くと本人は、前日までは山登りの事前予習も積んできて、相当なスピードでお山に登れるはずと豪語していたようだが、はかなくも虚しく、あっけなく頭先行の思いは叩き折られ、ついでに2本携行していたストックも1本折れてしまったという。笑っちゃいけないが「あれじゃ無理もねぇよなぁ」というのが正直な気持ちだったので、ザンネン!!!。もう一人100キロのNさんは大峯山寺間近で相当苦しむも、何とか登り切り、小篠道場までも縦走して無事に下ることもできた。午前6時を回ったころ頂上の大峯山寺に着き、休む間もなくそのまま小篠根本道場まで峰道を小一時間歩く。この頃から雨風が相当激しく厳しくなる。午後から天候は回復してくるということだったが、何せまだ朝が早い。山ア師は歩きながら眠っていたと話す。例年小篠に向かう時間が眠くなってくる。小篠根本道場では峰中門跡の田中先生の導師で柴燈護摩を厳修する。それから再び大峯山寺に戻り、本堂横の辻堂で柴燈護摩。終えて大峯山寺堂内で御法楽をする。ここで初参加の行者は、特別に内陣奥に祀られている「秘密の役行者像」を拝することが許される。伝法学院生4名、初行の敬さん、Mさん、Nさんと、山ア師に僕も一緒に拝ませていただいた。役行者が池に映る自らの姿を彫ったと伝わる像は、杖を左手に持っている。苦行した痩躯のお姿を30数年ぶりに拝したことになる。龍泉寺参籠所で昼食をとり、リュックや身に着けている袈裟や引敷など外してから、山先達に随って院生とともに行場に向かう。雨は小やみになっていたので、裏行場から行っていくとのこと。これまた30数年ぶりである。何せ今日は奴隷修行者の身だ。行場まわりは、ここ数年、不届き者たちが事故を起こすことが何度かあり、本来なら今日のような天候であれば一般には行場めぐりは行わないが、花供入峰の一行なので特別に修行させてもらえるとのこと。裏行場をまわる。岩は雨で濡れているので、先達からよくよく注意するようきつく言われる。平等岩は危険なので今日のところはやめましょうということになる。その後、表行場に行き、鐘掛岩、西の覗きと修行する。西の覗きは霧が深く周りの景色を見たりすることはかなわなかったが、ほんっと、久しぶりにいい経験させてもらった。敬さんも大満足。下りはしんがりから2番目で4人でゆっくりと下ってゆく。ほぼ12時間大峯の山中に居たことになる。結界門の前で記念撮影し、清浄大橋を渡ると、すでに本山隊が龍泉寺に向けて出立した後で、醐青連の方がハイエースで本山隊の歩いているところまで送ってくれて合流。無事大峯登山終える。衣体を解いて先ずは、「かんばし」に行き、生ビールで乾杯する。柴田師も誘う。宿に戻って夕食。夢の果たせなかった150キロが話題にのぼる。来年はぜひもうちょっと身軽になって再挑戦してほしいもの。150キロ、100キロ両人は、明日の吉野下りはバス移動となる。家に電話をすると、不動寺から月曜にある葬儀の助法を頼まれたと聞く。久しぶりのお仕事ですなぁ。朝早い出発なので、夕飯後宿の清算をする。23,500円。安いと思った。花徳では、吉野駅まで荷物を宿で運んでくれる。これだけでもすごいサービスだ。行藏院ご住職なら飛び上がって喜ぶ。来年も花徳に泊りたいと宿のご主人に話す。今年は、小篠も辻堂でも道場内に入らせていただけた、感謝。
2017年6月7日(水)
大峯花供入峰A。
午前4時起床。天気が気になり外を眺めると雨が降り出している。まあ予想どおりではある。4:30朝食。朝食の経頭をする。伝法学院生は4人。幡、花など随喜者が持つのを手伝う。僕は外れる。まだ朝の内はポンチョ着るほどでなく、三宝院玄関前での御法楽をし、留守組に見送られてバスに乗り込み大阪に向け出発。1時間ほどで報恩院着。近畿連合の不動寺ご住職草柳師にも挨拶。例年の如く、各講社からの参加者で狭い境内はごった返している。トイレ休憩、御法楽をして大阪市中を練行して四天王寺に向かう。気にならない雨がある。四天王寺で柴燈護摩厳修し、大阪阿部野橋駅へ。ここから貸切電車で下市口駅、下市口からバスに乗り換えて龍泉寺のある天川村洞川に向かう。花供入峰に集結した講社、醐青連、本山隊が一つになって洞川の宿を練り歩いて龍泉寺に向かう。宿の車に荷物を預け、雨脚が強くなっていたのでポンチョを羽織る。洞川温泉の道の両側には、三宝院門跡の花供入峰の一行を出迎える村の人たちが総出で、「よう、おまいり」とあたたかく声かけて迎えてくれる。小中学生も授業を中断して雨の中元気な、大きな声で迎えてくれる。毎年このお練りがとても感動する瞬間。今年もまさにその通り。敬さんも感激したと。龍泉寺本堂、八大龍王堂で御法楽し、柴燈護摩道場で門跡猊下導師の下、一座厳修する。その後、寺務所前にて翌朝の大峯登山の時間などの連絡があり解散。今夜からの宿「宿花屋徳兵衛」に草鞋(地下足袋)を脱ぐ。山ア師の常宿でご一緒させてもらうこととなった。二間続きの「奥の間」に泊めていただく。着替えてから先ずは「かんばし」に行き、一日目の乾杯をする。鹿肉が美味い。名物「朴葉寿司」をサービスで出してくれる。やっぱり熊の引敷欲しいなぁと思いながら宿に戻る。同宿の随喜7人で夕食。12時半に水行することに決める。リニューアルした風呂に浸かり、オーディオルームでジャズ聴きながらちょっと飲む。就寝。
2017年6月6日(火) くもり
大峯花供入峰@。
下部温泉駅7:04のふじかわ号にて旅立ち。静岡から新幹線。1号車に従兄の敬さん席を取って待っていてくれる。10:45京都着。コンビニで弁当を買い、新潟の山ア師と落ち合い、11:15の山科急行バスで醍醐寺に向かう。散歩院玄関で送っておいた荷物を受取り修証殿へ。今年の花供の随喜参加は男13名、女2名。ここ数年このような低調が続く。広間に入ると巨漢の方が積み上げられた寝具に寄りかかっている。過ごし存在感だ。「?こんなのが大峯登れるんだろうか?」と頭をよぎる。周知のメンバーほぼ顔をそろえる。従兄を紹介する。初参加は従兄を含め4名。三重の柴田師とは1年ぶり、お元気そう。午後2時から峰に駈け入る「駈入護摩」を門跡猊下導師の下に厳修。いよいよ始まり。精進カレーの夕食を済ませ、風呂に入り、はたやま商店で再会の小宴をする。天候だけが気にかかるがまだ雨にはなっていない。
2017年6月5日(月) 晴れくもり
天気下り坂。
明日から京都。大峯花供入峰。見事に天候は下り坂へと変化してきた。明日はまだ持ちそうだが、7日の大阪天王寺から洞川行きは雨になるかも。8日の大峯入峰修行も雨っぽい予報になってきた。仕方のないことだが、晴れずとも雨の降らないでくれることを祈りたい。新潟の山ア師ともメールのやり取りする。京都駅着後の山科急行のバス停でどうやら出会えそう。今回で6年連続の入峰で7回目。70まで元気でいたら続けたいものだ。
石畳脇のツツジの刈込みなどする。少しきれいになった。あとはまた帰ってきてからだ。夕のお勤めをしてから頭を刈る。
2017年6月2日(金) 晴れ
一日風吹き荒れる。
朝9時に区長、副区長の3名が訪ねてくる。不動尊祭典当日に地区が開催している「八日市」が、近年お客が来ず振るわなくなり、先日の実行委員会の反省会で、来年以降の開催を区民にアンケートを取って決めようということになったので一応寺にも伝えておくということであった。40回目の開催であった。もう十分にその役目は果たしたということだと思う。まだ結論は出ていないが、寺としては不動尊祭典は続けていくつもりである。八日市が取りやめになれば弱冠一日のスケジュールの見直しをすることにはなるだろうが、本堂の護摩と柴燈護摩は続けたいと考えている。行藏院のご住職と久しぶりに電話で話す。
2017年6月1日(木) くもり
朝少し雨ある。
火照った体を冷ましてくれるような雨が午前中少しある。これにかこつけて今日の草刈りは止め。読書したり、映画見たり、メダカの世話したり、睡蓮の株を分けたり、古い火鉢をさがし出して、蓮を植える入れ物に代用したり。6月がなんとなく始まる。天気予報を見ると、6月7日の醍醐寺から洞川への移動日、京都も天川村も「曇り時々雨」。このあたりが梅雨入りになるのかもしれない。今年は大峯登りも雨になるのかもしれないな。本山に送る荷物、スーツケースに詰めて仕上げる。
2017年5月30日(火) 晴れ
墓参あり。
墓地の草刈りはいったん休んで本堂脇の草刈りをし、除草剤散布する。11時前に横浜の牛山家3人が墓参に訪れる。塩尻に住む従姉夫婦と待ち合わせで来てくれる。墓で読経する。本尊を開帳しお話をする。5人で今夜は西山温泉に泊まるということで帰っていかれた。暑い日が続くが奈良田の方はきっと季節もいいし、ここよりも涼しく心地良いと思う。温泉か、いいなぁ。午後は読書、昼寝。
2017年5月29日(月) 晴れ
草刈り。
午前中墓地の草刈り。一気に暑くなってきた。炎天下では草刈り機を持っているのさえつらくなるので11時半ごろに今日の分終了。午後読書、昼寝。少し涼しくなってから、ハスを漬け物用容器に植える。種からのもの、なかなか大きくならないが、早く移植してしまった方がいいのだろうか?よくわからん。
2017年5月28日(日) 晴れ
例月護摩。
午前中墓地周辺の草刈りする。今年は草の伸びが控えめだが、まだあと二日ぐらいはかかる。歳もそれなりに取ってきたので、あまり無理しないでやることにしよう。午後1時過ぎから護摩。都留のSさん家族、上野原のWさん親子参座してくれる。暑くなってきたので護摩も汗びっしょりとかく。頼まれていたT工房の数珠の加持も済ませ、クロネコから送り返す。5時過ぎまで本堂と護摩壇の掃除にかかり、大相撲の千秋楽うっかりしてしまい、白鵬、日馬富士の最後の一番だけ見る。強い白鵬全勝優勝。高安は千秋楽また負ける。
2017年5月27日(土) 晴れ
外の作業。
夕べは夕飯を過ぎたころに急に強い雨が降り出して1時間ほど降ったろうか。結構な雨が降って、だいぶ畑なんかは潤っただろう。今朝は雨上がりのちょっと冷えた朝を1時間ほど歩いた。大峯に入る前に足を鍛えておかなければならない。午後から民俗資料館の生け垣の刈込をしたり、境内の外便所の生け垣を刈りこむ。暑い日になった。午後4時半を回ってまだ外は陽射しがあり、青い空に綿菓子のような雲が浮かんでいる。玄法院に宗務所会議のことで電話する。今年度の割当宗費は、1か寺解散したのでどうなるかと心配していたのだが、解散した寺の去年の宗費を引いた分が今年度の割り当てになり、今年も同じ額でいけるということだ。個々の寺からの異議が無ければ。
2017年5月26日(金) くもり
大相撲。
午前中雨。午後になって少し晴れ間見えてくる。明日はまた暑くなるようだ。映画を見たり、本を読んだり、大峯花供の参加費を振り込んできたり。一緒にゆく従兄にメールしたり。高安、日馬富士に快勝。これでほぼ大関昇進は手中にしただろう。白鵬は全勝を守る。あと二日。熱い大相撲を堪能する。
2017年5月25日(木) くもり
久しぶりの雨。
雨の量はわずかではあるが、しょぼしょぼと一日降ったりして、涼しいというかちょっと体の冷える寒い一日。農業者には恵みの雨ほどにはならなかったと思う。映画を見たり本を読んだり。生涯学習課のFくんより、土曜日に資料館を開けてほしい旨連絡ある。
2017年5月24日(水) 晴れ
稀勢の里休場。
この状態では休場やむなしであろうし、このまま千秋楽まで取り続けて果たして勝ち越すことできるだろうかという見方もある。次の場所への影響もあるだろうし、ここは怪我を治すことに専念したほうが応援している人たちも望むところだろう。弟弟子の高安に期待をかけたい。大関とりに大手をかける9勝目を上げた。日馬富士は御嶽海に敗れ1敗。白鵬は相変わらず強い。
少し色の違う3匹のメダカを別容器で飼いながら卵を孵化させてきたのだが、今日水換えに失敗してしまい、孵ったばかりのメダカ10数匹死なせてしまった。もう少し慎重な気遣いが必要。
2017年5月23日(火) 晴れ
法事あり。
9時に下山小の3年生、民俗資料館と寺を見学に来る。11時よりA家の法事というか先祖供養する。午後1時半過ぎに、放光寺主催の百八霊場巡りのお参りある。25名ほど参拝してくれて本堂でお勤めする。15分ほど話をする。御朱印8枚。暑いが午後になるとけっこう強い風が昨日も今日もある。映画、読書、メダカの世話。
2017年5月21日(日) 晴れ
法事あり。
10時からK家の一周忌の法事。昨年の4月にお母さん、7月にお父さんが相次いで亡くなってしまい、お母さんからはちょっと遅く、お父さんからはちょっと早くなるが、二度やるのも大変だろうと、中間の今日を二人の一周忌の法事とした。父親の事業を引き継いで頑張っている、二人の子を持つやさしいお父さんでもある。家族4人ともう一人の女性の5人だけであったが、静かに厳かに一周忌の供養ができた。子供たちに合併した小学校は楽しいかと訊くと、大きく「楽しい!」と返事が返ってきた。少し大きな学校になったといったって、20人を少し超えるくらいの学級にすぎないのだが、それでも、5人程度の同級生よりはずっといいだろう。上の5年生のお兄ちゃんは、今までは女5人の中に男一人だったのだから、きっと合併したクラスは男の友達もできて楽しいに違いない。とてもとても暑い日になる。庫裏の網戸からの風を心地良く感じながら読書、昼寝する。
2017年5月20日(土) 晴れ
暑い暑い。
夏だ夏。ほぼ一日外で作業。緑のカーテンのプランターに土を入れたり、畑の貰ったネギを植え替えたり、スイレンを大きな鉢に移して、それを池に沈めたり。メダカの孵化は進む。明日K家の法事があり、花屋さん来たり、施主が写真や供物を持ってきたり。数珠を作成している工房から、追加発注があったということで、再び護摩加持を頼まれる。なんと別な商品もまた頼まれることになりそうである。えらいこっちゃ、ありがたいこっちゃ。今月は何とか坊主の面目が保てそう。
2017年5月19日(金) 晴れ
暑くなる。
エアコンのフィルターの掃除をする。カバーを洗って外に干しておいたら、赤い小さな虫が白いカバーに集まってくるので布で拭いて部屋の窓辺に置く。拭く前に赤い虫の付いたカバーをメダカの瓶の上で振って落とす。メダカは生餌に群がって食べる。粉の餌よりこういう餌がやっぱり好きだ。僕らの部屋の外にも日除けを出したり、緑のカーテンを設置したりする。夏のような暑さ。メダカの孵化進む。
2017年5月18日(木) 晴れ
健診。
健診を受けるので朝ご飯が食べられないので、4時半過ぎからお勤めをして5時半過ぎから1時間ほど歩く。今日はいい天気になる。がん検診のみなので受付時間の最後に行くことにし、頭を刈った後外に出て作業をする。畑の隅に立っている小屋の屋根の棟の修理をする。樋の掃除をする。10時を回ったところで出かける。11時半過ぎに終えて帰ってくる。何も入れてなかったので、水分補給が何よりだった。昼食後バリウムも便と一緒に十分に排出できた。午後病院へ定期受診。なんと一日受受診日を間違っていた。実は昨日だったのだ。3月まで木曜だったので、年度替わりで担当医が水曜になったことをうっかりしていた。再来週の受診を受け付けに頼んでいるところへ女医が自販機に買いに来ていたので声をかけ日を間違えたことを話すと、なんと「いいですよ」とすぐ診てくれたのだ。ありがたい。血圧計ってお腹をさすったりするだけのほんの3分くらいのもので。でもあらためて来るのは面倒なものだ。タイミングがよかった。帰りにミニトマトの苗を2本買ってきてプランターに植える。まだ畑を耕していない。耕したらオクラの苗はいつものように植えたい。台所日除けを張る。充実した一日。本も読む。
2017年5月17日(水)  くもり
さっぱりしない天気が続く。
秋篠宮の長女が婚約に向けて進んでいると報じられたが、皇室の女性に自らプロポーズをするってのは、ある意味凄い事なんじゃないかと思えた。嫁にもらってくれる相手が見つからなくて、方々手を尽くして頼み込んでもらってくれというのと違って、二人が好きあって、極々一般的に男の方から「結婚してくれ」と。なかなかできることじゃないよな。皇室問題とは別にして、あっぱれなことなんじゃないか。
一日曇り日でさっぱりとしない。カーッと気温があがって暑くなればメダカの孵化も進むだろうに、今確認できるのは8匹だ。裏山歩く。
2017年5月16日(火) くもり
大峯行き申し込む。
横浜の従兄から「参加」する旨のFAXが入ったので、本山に僕のと合わせて参加申し込みをした。洞川の宿は山ア師が「花徳」を予約してくれた。従兄に準備するものや電車の時間などのことを思いつくままに朝から書いて午後郵便で出してきた。2年ほど前に、何回かに分けて歩きで四国をまわった兄であるから、基本となるものはありだろうし、体力も申し分ないと思う。僕も今朝は少し歩いた。ここ何日かさっぱりとしない天気。
2017年5月15日(月) 晴れ
メダカ孵化する。
今日は温かくなった。午後水槽を見たら、メダカの孵化が確認でき、3匹の小さなのが泳ぎ始めた。明日以降もっと孵化が進む。午後3時に町の教育委員がお不動さんへ見学に来る。本堂でお開帳し30分ほどお話をする。コメリで漬物用のポリ容器を買い、種から葉の一番伸びた蓮を土を入れて植え込んでみる。コメリで市販されていた蓮の苗も一つ買ってきて同じように植え替える。おんなじように育ちますように。
2017年5月14日(日) くもり
環境整備作業。
集落の環境整備作業。昨日大雨が降ったので、有害獣の柵の除草と草刈り作業はどうなるかと思っていたが、結局やることになる。空き缶などのゴミ拾いをし、水路の泥あげ、集落道の草刈り、それから有害獣の柵の仕事で11時過ぎまでかかる。どんよりと重い空で予想したほど気温上がらず、蒸し暑い日になる。午後は映画やドラマを見たり。山ア師が大峯帰りの夜一緒することになり、予約したゲストハウスに和室を2名へと変更してもらう。
2017年5月13日(土)
法事あり。
少し遅く起きる。朝から雨。昼近くまで土砂降り。午後1時から若尾家の法事。「おふくろの三回忌お願いします」と頼まれたが、「三回忌は去年で、回忌の案内はみなに出している、読んでなかったのか」というと、「うっかりしたなぁ」だった。3年目は四回忌ということになる説明を先日して、今日弟妹家族集合して法事をする。あいにくの雨だったが、兄弟が集まることが少なくなっているので、こういう機会は大事にしていきたいものだと話す。新潟の山ア師から大峯行きの件でメールある。従兄の参加がまだ未確定なのでもう少し待ってくれと返事する。
2017年5月12日(金) 晴れ
所長会。
もう今年で6回か7回目になる。所長の顔ぶれは1,2年で変わってしまうので、山梨はレアケースだ。8時過ぎに宿を出る。経営者は宿から数分のところに家があり、客のみが泊っているということになる。朝出がけに顔を合わせると、「松風」の感想を言ってくれる。おいしかったと。それから、確かここの御菓子は、「京都検定」に出ていたように思うとも。なるほどなぁ。バスで醍醐寺へ。10時から所長会。自己紹介の時に、「寺に後継がいないので、寺の縁起と僕の思いを書いてきたのでぜひ読んでいただき、求めている方がおられたらご紹介願いたい」とお願いし、休憩時間に、宗務所長、本山執行部の方々に封筒を配る。即の反響はなかったが、ぜひ期待したいものである。毎年午後4時少し前の新幹線に乗るのだが、今年は長引いたため乗れず2時間遅れの新幹線になる。京都駅は毎年この時期修学旅行生や外国人観光客であふれかえっている。いい宿が見つかってよかった。大峯の帰りの夜も泊めてもらいことにした。午後9時半過ぎに帰宅。
2017年5月11日(木) 晴れ
御旅庵に泊る。
明日の所長会に出席するために上洛。9時半出発。京都について先ず昼飯。贅沢にうなぎを食す。地下鉄で丸田町の「松屋常盤」に味噌松風を買いにゆく。店頭でしか手に入れられないお土産。しかも消費期限は3日間。お店のおかみさんも僕を覚えていてくれて、今回もビニール袋に入った切れ端を持たせてくれた。これも絶品。初めて泊る、八条口から10分ほどで東寺にも近い「御旅庵」はゲストハウス。去年まで泊った茶堂君は店を譲ってしまい北海道に行ってしまったので、新規に捜したところ。宿にも松風を一つお土産とする。2段ベッドが二つの4人部屋だったが今夜の宿泊は僕のみである。あと和室に仏人が一人連泊しているとのこと。東寺にも行ってみる。当時から宿への帰り突然、東寺DXというストリップ劇場が現れてビックリポン。建物も歴史を感じさせるもの。本日初日とあり、入口中央の司会者席のようなところにピコ太郎風なお兄さんが立っていた。周りは民家という場所に突然現れてほんとにびっくりする。入りはしないが写真撮ってきた。お大師様とstripが同居する町京都。壬生さんにも早速メールでお知らせする。近くの銭湯が木曜休みということで宿のシャワーを使い近くで食事と酒。
2017年5月10日(水) くもり
お湿り。
雨が降らない日が続いていて、新聞でも農作物に影響が出ていると書いている。やっと雨が降った。夜中から降りはじめた雨は朝には小やみになったが、いいお湿りになったのではないか。予報だと午後から回復してくるとあったが、午後になっても霧雨がありどんよりとした一日になった。明日にはよくなりそうだ。午後久しぶりに裏山を歩く。なども蜘蛛の巣の洗礼を受けた。帰ってきて頭を刈る。京都行きの着替えや筆記具などの荷物をまとめる。初めて泊る八条口から近いゲストハウスの地図もプリントする。夕飯に海老原君来る。
2017年5月9日(火) くもり
いろいろと用を済ませ。
ローカル新聞に、山崎師の火渡りシーンの写真が掲載されたのを、新聞社に連絡とって手に入れたので山アさんに送りたいと、東海師より連絡が入り、住所など知らせる。ありがたいこっちゃ。今日は昨日と天気が変わり曇り日になり、暑さも一休み。11時の鐘を撞いてから女房といろいろな用事を済ませようと出かける。郵便局、銀行、京都行きの切符の購入、昼食のうどん屋。叔父の寺へ叔母の春の叙勲受賞のお祝いを持ってゆく。今週末に伝達式に行くとのことでよかった。最後に森林組合へ桧葉の提供への協力のお礼に行く。来年もぜひ頼みたいと伝えてくる。
2017年5月8日(月) 晴れ
31.3度。
甲府で31.4度、身延:切石で31.3度の真夏日。甲府が全国最高気温。寺の庫裏のだだっぴろい空間でのんびりと寝転んで本を読むのが至福の時間。気づかずに寝ていたりする。ただ外は風が強い時期。全国各地で多く火災が発生する。火事には気をつけなければいけない。明日には少し天候が崩れるかもしれないとのこと。雨を期待したい。
2017年5月7日(日) 晴れ
ゴールデンウィーク終わる。
ちょうど29日の不動尊祭典から今日まで、長いゴールデンウィークとなったが終わる。祭りの後お不動様の厨子を開けておいたので、毎日何人か訪れていたので、喜んでくれた人も多かった。御朱印も何枚かあったし、お守りも少し売れ、賽銭もいくらかあった。今日の午後にはBさん夫妻が訪れていた。まあ僕は明日も休みなわけだが、連休中後半はのんびりと怠惰に過ごさせてもらった。来週は久しぶりの京都行きがある。気温が上がり、メダカの産卵も多くなってきて、夕方採卵して別容器に移すという作業を夕方している。来週中には早いのは孵化するかもしれない。蓮の種からもいくつかは10センチくらい葉の茎が伸びてきた。太田裕美の「心が風邪をひいた日」を買った。NHK-BSでこのアルバムができるまでの番組があって欲しくなってしまった。今日も読書。
2017年5月6日(土) 晴れ
屋敷神のお祭り。
佐田家の屋敷神さん、「三國院」の年に一度のお祭りをする。10時に入って外の祠の前に座り、螺を立て、神仏混淆の次第を通す。今年はもう接待しないつもりなので経だけあげて欲しいと連絡を受けていたのだが、いざ行って終わると座敷にもう冷奴やあえ物などが用意されていて、結局いつもの年と変わらぬ接待を受けて正午過ぎに帰ってきた。午後は昼寝したり本を読んだり。今日も午後1組の御朱印あり。本山より、大峯花供入峰の案内が届く。従兄の佐野兄に一部コピーして転送する。今年は山梨からは僕だけなので、佐野兄が行けることを願っているがどうだろうか。宿は山アさんと同じ宿にということで先日話した。
2017年5月5日(金) 晴れ
法事あり。
ほぼ今日の暑さは夏。午後は風が強く吹く。10時からS家の13回忌の法事。双子の孫も参列しにぎやか。なんてったって今日は「こどもの日」だから。僕の子供たちの頃は沢をせき止めて魚のつかみ取りやバーベキューなんかもやったが、今はもっと子供が少なくなって、催し自体がなくなっている。小学生が遠くの学校へバス通学するようになって一か月。朝も夕も全く子供らの声を聞くことが無い。寺に居て聞こえてくるのは、新緑のケヤキを吹く風ののそよぎや、風鐸の音、山から聞こえてくるホトトギスの声くらい。法事を終えて午後は読書三昧。庫裏で音楽聴きながら、サマーベッドに寝転んで快適な読書。今日もご朱印一人あり。
2017年5月4日(木) 晴れ
読書。
昨日に続いて朝ウォーキング。今日はご朱印が1件。お守りも求めていってくれる。「お不動様の厨子いつも開けてあるのですか?」と訊かれ、29日の祭典後、この連休明けまで開けていると話すと、「ラッキーだったね」と若い夫婦顔を見合せてうなずき合う。折り畳みの椅子を出してJAZZ聴きながら本を読む。この連休中はのんびりだ。
2017年5月3日(水) 晴れ
のんびり。
朝ウォーキング。6時前から歩くが、すでに畑には何人もの姿がある。閉校した小学校の校庭もぐるっと歩いてみる。ヒラド、クルメのツツジが鮮やかに咲き誇っている。見る人もないのだろうと幾分可哀想な気持ちになる。母娘は、買い物に出かける。今日は早川町で恒例の山菜祭りがある。ゴールデンウィークの後半のはじまりで国道も車の量が多い。午前中から甲府方面がノロノロ運転。午後になって山菜祭りの客が帰りはじめるとさらに混雑の度を増し、毎年のことのように、渋滞する国道から少しでも早く先に行こうと、町道(集落道)に入ってスピードを上げて走り抜ける車が多くなる。のんびりとする。
2017年5月2日(火) 晴れ
祭典の後のこと。
祭典の次の日と昨日は、朝夕のお勤めを短く済ませたが今朝から通常の勤行に戻した。5月に入り、一層木々の緑が濃くなってきたように映る。録りためた映画やドラマを見る。外の便所の掃除をする。修験の衣体を干し畳む。白地下足袋を洗う。郵送するお札を女房が発送準備をして午後送る。客殿の廊下の障子は戻したが、襖は夏のあいだ入れないでおこうと思う。風も通るし涼しそうだ。カルメン・マキを聴く。墓参の檀家や御札を持ちに来てくれた人もある。明日から3連休なので、寺を訪う人もまたあるかも知れない。本尊の厨子は明けておく。
2017年5月1日(月) くもり晴れ
祭り片付け。
5月1日は荒れ模様になるかもしれないという予報が当たった。今朝は朝から「さあやるぞ」モードで、先ず本堂の掃除。護摩壇を掃除し、音響設備も片付け、祭り用から通常用にレイアウトも戻す。客殿も掃除して使った曲録なども片付ける。衛生組合へ段ボールなどのゴミを処分しにゆく。180円。残った桧葉や結界の竹などを少しずつ燃して片付けようと始めたら、俄かに曇ってきてぽつぽつと降りはじめ、やがて激しい雨となってきた。強い風ではなかったので、好機と、雨の中で竹と桧葉燃してしまう。ほぼ9割がた片付いた。後の祭りの昼間ビールがまた美味い。
2017年4月30日(日) 晴れ
ゆっくり起床。
疲れと酒が残る朝をゆっくりと起きる。納戸に泊ってくれた山ア師も起きて、シャワーを浴びてさっぱりとしてから本堂でお勤めと法螺を立ててくれる。朝食後また話をする。大峯で再会しようと約束して、9時半に新潟に向け出発する。こんなに遠くまで走ってきてくれた彼には、いくら礼を述べても足りないくらいだ。午後3時ごろ新潟に無事着いたと夕方電話がある。今日は片づけもほどほどに体を休めながら、ぼーっとする。4月が終わる。
2017年4月29日(土) 晴れ
不動尊祭典。
山ア師、朝8時少し前に到着する。「八日市」の人たちやテキヤがもう忙しく準備を始めていたので、山崎師には「少し休んでください」といったが、初めてのこの寺と祭典に彼も心躍ったようで、すぐに、何か手伝いたいという。先ず本堂を案内し、お不動様にお会いいただく。檀家の方々も集合時間より早く集まり、幟立てや柴燈護摩の道場の結界の竹などを調達にそれぞれ手際よく動いてくれる。先ずは天候がよかったことが一番。雨さえなければ、それで十分。10時半頃にはお手伝いをお願いした方々来山。道場で振り分けた役に付いて説明したり、予行練習していただいたり。今年は東海師も何とか都合がついたようで張り切っていてくれる。今朝の新聞に春の叙勲の記事が載っていて、不動寺の叔母が受賞したことを知る。「朝から電話対応で遅くなった」と叔父叔母が来山。11時から打合せと昼食。皆さん美味しい酒を持ってきてくれる。12時半から本堂での護摩とお加持。不動寺の叔父の導師も20年になる。玄法院の太鼓と山ア師出羽修験の法螺がとてもよくマッチする。午後1時半過ぎから柴燈護摩。毎年午後強風なので少しでも収まってくれることだけを願うのだが、たいてい裏切られる。でも今年は点火後に風が弱まり、いつもの年より風を心配することなくいい護摩になった。あっという間に長い時間準備した祭りも終わってしまう。直会の酒席を僧侶方と語らいながら楽しむ。山ア師が泊ってゆくので、できるだけ他の方にもゆっくりしていってほしいと無理を言う。檀家の手伝いの皆さんの労もねぎらう。60代に突入して初めての祭典も無事終える。できるだけがんばってやっていきたいとは思うが、解決しなければならないこととはしっかりと向き合わなくてはならない。遅くまで居てくれた、東海師、永啓夫婦にも感謝。山ア師とは遅くまで飲み語らう。
2017年4月28日(金) 晴れ
祭り前日。
28日で朝護摩を焚き、祭典のお札のお加持もする。明日も晴れで、天気に関しては全く心配はなさそうでありがたいこと。護摩を焚き、護摩壇の片づけと仏器洗い、併せて本堂の掃除をする。本堂も祭典用に少し変更。午後から柴燈護摩道場の壇をを完成させる。甲府から3年ほど来てくれているYさん母子がお札を頼みに来てくれる。明日もまた来るという。いい日になってくれるとうれしい。夕のお勤めを済ませ、頭を刈ってシャワーを浴びてやっと一息ついたところ。もうあとは明日の本番を待つのみである。新潟の山ア師も今夜出発してくれるのである。60歳になった初のお祭りになる。
2017年4月27日(木) くもり
祭典準備。
いよいよ明後日ということになる。待ち遠しくて、当日の来てしまうのがもったいないような気分になる。トイレ改修工事の代金を振り込みに銀行に行く。振込手数料はいくらになりますかと訊くと、応対してくれた女性行員が「560万です」といったので、僕が「560万ね」と復唱すると、隣りの窓口の男性行員と3人で笑ってしまった。こういううっかりは悪気がなくて笑えるが、更迭された復興大臣の発言は、金正恩と同格で恥ずかしさこの上ない。
朝裏山の天皇社にシメを張りにゆく。今年は少し春が遅れた分だけ草の伸びも遅いようだ。桧葉を護摩壇に掛ける作業と、太い枝から葉の分だけを残す作業をする。太い枝はすべて片付けたので、明日はこれらを使って最後の仕上げとなる。一日曇り日。まだ雨は降ってこない。
2017年4月26日(水) くもり
相変わらず風強し。
風が強すぎて参ってしまう。午前中柴燈護摩の壇に桧葉を少し覆う。午後雨が降るかもしれないと予測していたが夕方になるまで風は強いが降っては来ない。ブルーシートを外してそのままにしてある。Yahooの天気予報を見ると、深夜に弱い雨とあり、明日の午後から夕方にかけて弱い雨とある。シートで被わなくてもよさそうだ。幾分湿り気を帯びているくらいがいい。金曜からは晴れマークになっている。28日に焚く護摩の準備をし、頼まれている御札を本堂に運ぶ。庫裏の便所改修工事とそれに付帯する工事がすべて終わりになる。当初の見積もりをはるかに上回ってしまった。業者の社長曰く、「一度やっておけば今後もう必要ないですから」という言葉は、結構グサッとくるよな。
2017年4月25日(火) 晴れ
午後風強く吹く。これではたまらん。
午前中草刈りしながら墓地の参道も刈る。墓地も草が伸びはじめている。今日は一日風強し。こんなに荒れたら柴燈護摩もちょっと危ないような気がする。午後4時ごろに森林組合で働く人たち3人がそれぞれ軽トラに桧の葉を積んできてくれた。護摩壇の周りに置いていって貰う。森林組合のMさんにもお礼の電話を入れる。この方式で毎年やってもらえるのならそれに越したことはなく、こちらも一番助かる。十分な量がある。ただ今日のような強風ではあまり大きくすると危ないような気もするが。明日明後日が少し天候が崩れるかもしれない予報なのでそれの影響かもしれないが、桧葉を好天の下にさらすよりは、雨模様のようなところに置いて金曜に壇を作るには好都合かもしれない。
2017年4月24日(月) 晴れ
祭り準備。
二人でそれぞれにお祭りの準備が忙しい。掃除機をかけたり、窓ガラスを拭いたり、ガラスを吹いたり、メダカの世話をしたり、シャガの花を眺めに行ったり、焼却場へゴミを搬入したり、酒やお茶類を買出しに出かけたり、テーブルを並べたり、御札を順番に並べたり。
新潟から来てくれる山ア師からは、「凄そうな先生方ばかりのようで新客の私なんか.....」などとメールが来るが、「寺の主の僕が一番いい加減な人間だから大丈夫」と返しておく。一年に一度のことだけど、もう土曜が来ればその日一日だけで終わってしまうのだから、いまこうして忙しく準備をしている時間が、イヤでイヤで仕方がないけど、もしかしたらこの時間を身をよじらせながら苦しそうに楽しんでいるということかもしれない。お尻が洗えないトイレは困るというあの方からも午後メールが届いておりました。
2017年4月23日(日) 晴れ
祭典準備。
朝8時半から檀家の人たちに手伝ってもらい、幟立て、テント張り、本堂の掃除などしてもらう。地区の人たちも「八日市」のテント張りや幟などを立てる。直近の日曜ということで、当日は土曜なのでまだ数日あるが参道はすっかり祭りの色になった。あとは好天を祈るのみ。午後大里のメダカ屋に行って20匹ほど仕入れた。帰ってきてから客殿と庫裏の障子や襖を外す。庫裏の便所の回収も仕上がる。お尻にやさしい快適なウォシュレットトイレになった。あの人が使いたくなった時もきっと優しく洗ってくれると思う。
2017年4月22日(土) 晴れ
祭り準備。
朝歩く。本堂の回廊の掃除をする。桜の花びらが散ってしまったのでそれはそれでいいのだが、風が強くて細かなものがいっぱい飛んでくる。柴燈護摩の壇の下地だけ作ってしまう。来週前半に森林組合で桧を持ってきてくれることになっている。今年も森林組合にお願いできてよかった。来年もぜひそう願いたい。納戸女房に片づけてもらいきれいになった。父の改良服なんかも出てきたが、仕付け糸が付いたままで買って一度も袖を通していないもの。僕には大きすぎるので、東海さんなんかどうだろうか。
2017年4月21日(金) 晴れ
草刈りなど。
民俗資料館の草刈り、畑の草刈りする。納戸を女房が整理して、不要の布団など午後衛生組合へ処分しに行く。東海師もお祭りに来てくれる確定が出たので、行藏院ご住職に頼みごと連絡する。気温上がるも午後風強し。
シャガ、シラン花開きはじめる。
2017年4月20日(木) 晴れ
赤沢に泊まる。
昨日、今年3月で完全に勤めを辞めた内藤君と午後2時にセルバで待ち合わせて、去年の秋にゲストハウスとして新たに営業を始めた、かつての身延山信仰の講中宿「大阪屋」にゆく。ゆっくりと酒を飲みながらひと晩過ごそうと。管理人夫妻の熊谷さんは北九州からこちらに越してきた人で、元大工さん。使われなくなって久しい建物を修理し、オープン後は管理人として宿で生活している。利用者の9割近くが外国人の旅行者だという。彼らのネットワークはこんな田舎の宿のことまであっという間に広がっているのだから不思議というか凄い。午後3時について早速飲み始める。僕ら以外にこの日は客もなく、夫妻も交えて飲んだ。今日は韓国からのお客さんがあるとのこと。赤沢には遅咲きのしだれ桜が淡く春を咲いていた。
2017年4月18日(火) 晴れ
気温上がる。
一日Tシャツのままでよい。朝までたっぷりと雨が降った。昨日の除草剤散布は凶と出てしまうかもしれないがまた撒けばいい。初夏のような陽気で風も気持ちがよかった。新潟の山ア師より、こちらに来るための予定が送られてきたこともあり、当日の配役や次第も手直しして考えたりした。庫裏の便所改修工事は、30年以上前の電気の配線でトラブルがあり幾分気を揉むような状況であるが、29日までには仕上げてくれるという。吉田秋生『海街diary』8巻が発売になり早速買って読む。やっぱおもしろいなぁ。
2017年4月17日(月) くもり
除草剤撒く。
どうしようかと迷ったが、結局朝除草剤を散布する。参道の両脇の畑の際と、民俗資料館のぐるっと一周など。液剤がなくなったので補充でコメリに買いに行く。昼近くになり、午後には雨が降ってくることが予想されたのでここらでやめて後日続きをすることにする。海老原君夫妻墓参に来る。19日に友人と大阪屋に行くと話す。2時過ぎくらいから雨降りだし、夕方の今けっこうざんざんといい降りになっている。材料を買ってきてお札入れを自作する。工作など苦手なので、できあがりはへたくそこの上ないが何とか形になり、玄法院、上求寺のお札など入れて庫裏の高いところに付ける。
2017年4月15日(土) 晴れ
月組星組。
原小学校が閉校してから初めてその前を今朝歩いて来た。雨があったりと割と天候不順だったので、歩かなかった。土曜の朝なので人のいないのは当たり前だが、外から見える職員室の中も空っぽのようだった。川口市に住む僕よりも大分先輩は、いつかの年賀状に、「狼煙に名ある烏森」の歌詞の校歌がなくなるのは寂しいと書いてよこしたが、この人は学校の後ろにそびえる烏森山のその頂上の後ろの集落から山道を学校まで通っていた。まさに「うしろやま」という小字のところから。今そこは2年前から誰も住まなくなってしまったし、その山道を生活のために使うなんてことはもう何十年も前からない。僕は小学校4年からこの小学校へ転校して通った。それまでは母の実家の近くの借家に暮らしていた。原小学校に来て恥ずかしかったことがある。小さな学校で4年は2クラスあったが、1組2組ではなく、月組星組にクラス分けされていて、それを言葉にするのが何故かとても恥ずかしかった。宝塚なんて当然知らないわけで、多分幼稚園の続きのような分け方で嫌だったのだと思う。僕らの2クラスがこの学校の最後の2学級で、以後はクラス分けになるだけの児童数がなかった。僕らの数も45人くらいだったと思うが。そんなことをあれこれ思い出したりしながら今朝は1時間ほど歩いてきた。3階の校舎の壁に取り付けられている大きな丸時計だけは、歴史の終わりに関係なく時を刻みつけていた。
2017年4月13日(木) 晴れ
今日もいい天気。
隣りの民俗資料館へ女房と朝掃除に行く。畑の草もやっぱり緑が濃くなり伸びてきた。午後墓地へ、ノビルと蕗の若いところを摘みに行ってきた。新潟の山ア師から折り返し、こんな遠くにまででも「日帰りもへっちゃらですよ」などというメールが入った。なので、特別な歓待もできないけれど、来てくれるのなら来てほしいと返信した。大峯を何度か共にした東北育ちの若い修験者が来てくれることをもう十分に期待してしまっている僕がいる。夕方、痔の手術で入院していた方から、無事退院して帰ってきたとのメールが入った。退院を祝う酒を今夜飲まなければいかんと思う。
2017年4月12日(水) 晴れ
いい天気になる、。
メダカの入っている水ガメを掃除する。12匹冬を越えた。雄雌がちゃんと残っていてくれれば、今日のような陽気が続けば今月末ぐらいから産卵が望める。そんなことやっているところへ内藤君が護摩札を頼みに来てくれる。来週赤沢の大阪屋へ泊りに行くことにした。雨が止んでいい天気になったので、何人か境内を訪れる人もいた。富士ヶ嶺の遠藤さん、塔婆を持ちに来てくれる。先週水に浸けたハスの種、緑の芽がのぞいてきた。午後客殿の網戸を入れて、その後結局家じゅうのすべての網戸を入れてしまう。
2017年4月11日(火)
ザンザン降り。
今日と明日獣除け柵の門扉の開閉当番。5時過ぎに開けに行こうとして外に出るともう雨が降りはじめていた。せっかく少し歩こうかと思っていたが傘をさして開けにだけ行く。やがて本格的な降りになる。テレビの予報で言っていた通り一日中ざんざん降りの天気となり、寒い寒い日になる。ひとつだけ残してあるストーブへも灯油を注ぎ足す。庫裏の便所改修工事は今日便器の取付けが終わる。去年の北海道の台風禍でジャガイモの収穫が大激減したため国産ジャガイモにこだわったポテトチップスが販売中止になり店頭から消えたとの報道がある。こういう噂を聞くと普段食べてなくても買いに走りたくなるのが庶民だ。女房も「娘に頼まれたから」と雨の中を出掛けると、結局「たくさんあったよ」とテンション下がり気味で帰ってきた。新潟の山ア師より近況を知らせるメールあり。仕事の都合上今年の大峯、奥掛けとも現段階では微妙とのこと。皆それぞれ精いっぱい頑張っているのだ。浅田真央現役引退発表。
2017年4月10日(月) 晴れくもり
花見。
お昼をまわったころにDさんご夫妻「花見をさせてください」と訪ねてくる。この頃はまだ風がなかったが、午後になって少しずつ風が吹きはじめ天候も悪くなってくる。僕はお札書きなどしていたが、お二人は寒いのにもめげずにシートを広げて2時間半ほどいたであろうか。帰りに「住職とも飲もうと思っていたが」とお酒を1本置いていってくれた。桜はいま満開である。明日はまた雨の予報だ。今年の東京への棚経の予定を決めたので宿を予約した。7月のちょうど3連休となるカレンダーだったので、いくつか見たがもう土曜の予約がいっぱいになっているところもあり、残り2部屋というところで予約をした。のんびりしていると予約が取れないところだったかもしれない。東海師から新しい職場での様子を知らせるメールが届いた。激務のようである。お祭りに来られるとうれしいのだけど。
2017年4月7日(金) くもり
時々雨が降ったが風おだやかに気温上がる。
もう冬の作務衣では暑くなってきた。昨日の夕方から池でカエルの鳴き声が聞こえ始め、今日は一層ヒキガエルの鳴き声が激しくなってきた。営みの季節である。毎年のことではあるがこのグロテスクな生き物をこれからしばらくあちこちで目にすることになる。夕のお勤めに行くとき、池の端でひっくり返って死んでいるヒキガエルを見つけた。時々やってくるサギにでも食いちぎられたのだろうか、頭の中を食われていたよう。仕方がないので穴を掘って埋めた。早いが松明一対作る。本堂にはカメムシが歩き回っている。これも厄介な、ありがた迷惑な生き物である。
2017年4月6日(木) 晴れ
知ろうとしない人には本当のことはわからないということかもしれない。
朝ドラ「ひよっこ」の終わりに、東京での出稼ぎから、稲刈りに一時帰省した主人公の父親が、荷物を置いて畑に真っ先に向い土を手に取り、「茨城の土だぁ」と感慨深げに語る場面があった。昨日、今村復興大臣が会見場で、執拗に食い下がる記者に激昂する映像が流れた。震災から6年が経過し、避難区域解除が進んでいる。帰る人もあれば、帰れない(帰らない)人もまたある。先祖から受け継いできた故郷の土が、土壌汚染されてしまっていたら、もう手に取ってすくいあげることもできないということだろうし。時間を巻き戻すことはできないが、地震だけで原発事故さえなければ、土壌や大気や海域が汚染されるという惨事には至らなかったってことだ。
加川良が亡くなった。昨日の夕方Yahooニュースで知ったので、このフォーク歌手のために一献の酒を捧げた。高田渡の歌を愛していたこの人の「下宿屋」のなかには、「たぶん僕は死ぬまで彼になりきれないでしょうから・・・・」というくだりがあるが、これで一足先に向こうに行っている渡と同じ世界で、また渡の歌の世界に遊ぶのかもしれない。痔の手術をした方から朝メールが届いていた。排便の始まった様子も伝えてくれていた。快癒をお不動様に祈願している。
朝から大風の一日になる。午後には曇りはじめやがて雨を連れてきた。お札書き。市川の丸井紙店へ注文の品を受取りに行く。鰍沢の大法師公園の桜まだまだ。
2017年4月5日(水) 晴れ
祭典準備。.
午前中お札書き。今日から庫裏の便所の改修工事始まる。天気はいいが風が午後から強くなる。柴燈護摩の松明用の竹を取る。新学期が始まったようだが、もう寺の前を通学する小学生の姿はない。容赦なく物事に切を付けてしまうのが今の世の習いではある。去年手に入れた蓮の種を水に浸ける。硬い殻を破らないと発芽しないということで、尻のところをやすりで削ったりしながら穴をあけるのが少し大変。2週間ほどで発芽するというが、さてどうなるか。
2017年4月4日(火) 晴れ
祭典準備。
祈願札作りを始める。甲斐百八霊場の札番と寺名のゴム印を朱で押し、申し込みの願い事などを書くお札作りを始める。尺五寸の大札は板も手書きで、祭典で10数枚出る。今日も南アルプス市からここ2年ほどお札を頼んでくる若い女性がお母さんを伴ってお札を頼みに来てくれた。若い人たちがこういうものを繋いでいってくれるとお寺はとても助かるが、年々お札を頼まれる枚数は減ってはきている。午後から少し強い風が吹き続ける。昨日も今日もじっくりと中でお祭りの準備。仕事を終えて夕のお勤めをし、手の爪を切り頭を刈りさっぱりとした。
2017年4月3日(月) 晴れ
祭典準備。
一日シメを切ったり、幣をこしらえたり、柴燈護摩用の小木を整えたりする。護摩札の申込も少しずつ来ているのがありがたい。これでお札書きが始められる。今日も暖かくなり、桜昨日よりもまた良くなる。
2017年4月2日(日) くもり晴れ
やっと陽射しある。
数日振りに陽射しがあり気温も上がったので、ソメイヨシノも花が開きはじめた。来週からお札書きも始めようと思うが、なかなかそこに意識が集中できないってのが本音だ。
痔の手術をした人からメールが来たが、手術は眠っている間に済んでしまったらしいが、お尻のことなので、排便という避けることのできないこともあり、術後っていうのが一番肝心なんだそうです。やったことが無いからよくわからないけど、術後の最初のその時ってのは不安なんだろうな、と思う。
2017年3月31日(金)
天気が毎日に変わる。 ここの所毎日天候がコロコロ変わり、気温の変化が一番体にこたえる。午前中に降りはじめ一日寒い寒い日。朝意を決して、甲府建材商会へ結界用の縄を買いに行く。この細縄近くの店では売っていない。今日が年度末の31日。定年まで勤めていたら今日が退職の日となったのだから、この5年は貴重で儲けもんで、人生の中でも重要な5年だったかもしれない。去年定年を迎え今年度一年そのまま職場に残った内藤氏を昼休みウィスキーをもって訪ねた。来客中でゆっくり話すこともできなかったがでもよかった。

2017年3月30日(木) 晴れ
カレンダーをめくる。
午後病院を定期受診。明日まで3月はあるが帰ってきてカレンダーをめくってしまう。お祭りの案内状を郵送し、檀家への通知も歩いて配る。もう3月にやらなければならないようなものはない。ソメイヨシノはまだ蕾が開かない。来週から庫裏の女性用トイレを和式から様式のウォシュレット便器に替えるのと、外の貯水タンクを使わずに直接水道水を引き込む改修工事を始める。この寺に僕ができるだけのことはしておきたいと思う。お祭りでも無事に終えたら、HPに後継住職を求める告知もしたいと考えている。簡単にはいかないことだと承知しているが、いくつかでも反響があればありがたいものだと考えている。60になった新年度に、僕なりのここでのまとめをはじめたいと思っている。

2017年3月28日(火) 晴れ
例月護摩厳修。 今日も朝やっぱり寒い。午後例月護摩。上野原からWさんお参りに見える。今年になってからお不動さんを訪れている方で、先月留守をした28日にも来てくれていたので、もしかしたら来るかなぁと思っていたら、やはりお母さんを伴ってきてくれた。添え護摩木を入れてもらい、宝前でのお参りもしてもらう。この方も、知り合いの方にこの寺に行ってみたらと勧められたのだとのこと。来月の不動尊祭典の案内もする。それから静岡の方で、不動尊巡礼をしているという方が護摩の終わりごろに参ってくれて参座してもらう。この方はご朱印も求めていかれたが、朱印帳だけではなく軸も持参していて、初めて軸にも書かせてもらいいい経験になった。

2017年3月26日(日)
玄法院祭典。 深夜から雨。朝になっても雨。高いところは雪かもしれない。春の雨はあたたかいともいうが、今日の雨は冷たくしみじみと寒い。東海さんにメールを書く。ポンチョや笠も持って9時少し前に家を出る。車の暖房がほんとに気持ちいい。玄法院に着くとご住職と太志さんが護摩道場に居る。獅子座はビニールで覆われている。あいにくの天候。祭りを主催する寺にとってはこういう日が一番切ない。でも少しずつ雨が小降りになってきて始まる11時ごろには、合羽は必要ないくらいの雨になっていた。今日は進行役を勤める。雨でも大勢の参詣者があり心強い。無事に終了。お昼を御馳走になって帰ってきた。帰ってきて荷物を片付けたりしていると、佐藤さん一家がお参り来る。先月お嬢さんの高校受験合格祈願をしてゆき、お礼参りに来てくれたのだ。遠くからこんな悪い天候の中を来てくれてこちらはとてもうれしいし、お不動さんを強く強く感じる。不動尊祭典に来ることも予定に入ってますとも話していってくれる。

2017年3月25日(土) 晴れ
夕方風強し。 明日は天候が崩れそう。玄法院のお祭りなんとか降らない中でやりたいもの。正月から待っていた女房の新車がやっと今日納車になった。特別人気車ということでもないが、こんなに長く待たなければならんもんだとは思わなかった。しばらくは娘が通勤に使って慣らし運転をするという。息子も夕べ帰り、今日タイヤ交換をしてもらい3時頃戻っていった。車だと日用品もたくさん積んで帰れるようだ。午後新菱冷熱の社員だという方お見えになり、本堂でお参りしてゆく。

2017年3月24日(金) 晴れ
開花。 エドヒガンザクラも数枚花が開いたので、わが寺も開花宣言。夕方になって少し風が出てきて肌寒さを感じる。畑を掘り起こし、生ごみのコンポストも移動する。12時に女房と、飯富の知り合いのお母さんの葬儀に行く。金岡君と一緒になる。もう一年になるなぁと、彼のお母さんが亡くなった4月のことを話す。

2017年3月22日(水) 晴れ
文化財保護審議会。
朝9時半から町の文化財保護審議会があり行ってくる。午前中は「旧市川家住宅」の屋根の葺き替え工事の視察と、本遠寺銅鐘の視察、望月会長宅で育てているミノブザクラの幼木の視察。歴史的に価値のある住宅の保存ということではあるが、初めの指定が茅葺であることから、屋根は茅葺以外には認めないとのことらしく、10数年に一度は葺き替えないと劣化してしまうという。当然もうだれも住んでいないわけで、日常生活の中で囲炉裏を焚いて自然に建物の中を燻して、茅葺屋根の維持にも効果があったというところもできない。こういうところに莫大な金がかかるというところはやはりこの時代積極的には賛成しかねる。下部地区公民館で昼食後に審議会。午後3時終了。昨日と打って変わり午後は風もやみいい天気。帰ってきた時にも参詣者がいた。話を聞くと、大月から蔦木さんらもお参りに来たとのこと。

2017年3月21日(火)
春の雨。
気温が上昇したり、今日のように雨で肌寒さを感じたり。足踏みしながら春になってゆく。東京で桜の開花宣言。うちももう一日二日でエドヒガンが開きそう。墓参もなく一日静か。映画やドラマの溜めてあったのを見る。渡瀬恒彦が亡くなって、追悼するサスペンスが何本か続いて放映されている。この人のサスペンスドラマがとても好きだった。いい役者が相次いで亡くなる。

2017年3月19日(日) 晴れ
秋葉尊祭典。
市川三郷町、西光寺の秋葉尊祭典に出仕する。今年で27回目。おそらく僕はもう20回を超えたのだと思う。先代から「お前が今年から行け」といわれた年は、朝から土砂降りで結局柴燈護摩は取りやめになった。次の年からは今日まで取りやめになることはなく続いている。行藏院、瀧本院のお二人に助法してもらい、今年もいいお祭りになった。柴燈護摩ができることが僕らにとっては一番の嬉しい事なので、この曹洞宗の寺の火伏の秋葉三尺坊大権現のお祭りにはとても感謝をしているのである。今日は午後3時に、中部横断道の増穂インターから六郷インターまでの区間が開通したので、ちょうど開通から1時間後早速そこを走って帰ってきた。10分か15分くらいなもので、3つのトンネルがあり、空の下を走る距離はほとんどない。トンネルと橋というのが中部横断道の山梨の区間らしいが、こんなに距離の短い区間だけでもそのことが如実にあらわれている。さあ、来週の日曜は甲府:玄法院の大祭である。

2017年3月18日(土) 晴れ
観音祭典。
八田山長谷寺の春の観音さんの祭典にお招きいただいた。ここのお祭りのメインは、本土での大般若600巻の転読。普段やったことが無いが、何回か呼ばれるうちに少しずつできるようにはなってきたが、今日も何度かおまくパラパラと落とせなくてつまづく。今朝はちょっと寒かったが、本堂まで稚児行列があるがその時間は風も凪いで、陽射しを背に感じることができてよかった。智山の僧侶の中に醍醐一人ではあるが、こういう機会を大切にしたいと思う。出店でたこ焼きを買って帰ってきた。今朝も甲府からの墓参ある。檀家から赤飯やおはぎをいただく。

2017年3月17日(金) 晴れ
彼岸の入り。 境内の紅梅はもう盛りを過ぎたが、早咲きの桜が咲きはじめている。日当たりのよい道沿いにはスミレが小さな花を見せ始めた。春の彼岸の入り。風はあったがほぼ一日好い天気。朝、寺墓地、無縁墓、頼まれた塔婆などを持ち墓参する。フキノトウも少し大きくなった。午後墓地に行ってみると、花の活けられている墓がいくつかあった。裏山を歩いて小学校の方に行く。今度の日曜が閉校式。ポールに校旗が翻っていた。僕は前の校舎だったが、子供たちはまさに今の校舎で小学校6年間を過ごしてきた。4月からもう集落道を列をなす小学生の姿は見られなくなる。一層静かな集落になってゆくのかもしれない。なんというかな、みんなでおしまいにしていかなければならなくなる時代がやってくるような。

2017年3月16日(木) 晴れ
舌(ぜつ)という。
昨日裏山で落とした持鈴の内側の錘のようなもの。これを何というのか探ってみたら、あった。鐘や風鈴などの中についているおもりのことでを「舌(ぜつ)」というそうだ。これで一つ知識が増えた。で、昨日失くした舌の代わりになりそうなものはないかと、釘やネジの入っている木箱の中をさがしたら、ネジ穴の開いた蝶番が出てきたので、ワイヤーカッターで小さく切って、鈴の中に残っていた針金状のものに付けて何とか音が出るようになった。それでまた裏山を歩いてくる。陽射しのあるうちはいいが、陽が陰ると冷気が沁みる。客殿の絨毯を片付ける。西光寺の祭典に使う幣を野竹に付けてこしらえる。

2017年3月15日(水) くもり
周りの山は雪化粧。 夕べの雨が高いところでは雪になったようで、朝起きて外に出ると周りの山はすっかり白くなっていてびっくりした。少し陽射しもあったが一日薄日で、風も吹き寒い一日。午前中、ゴム印を頼んだ原田さんの店と、木札を頼んだ市川の丸井紙店に品物を受取りに行く。こういう店が近くにあるのは寺としてはありがたい。昼食後裏山を歩く。持鈴を付けて山を歩いているのだが、下り道を走るときがあって、今日も音がしないなと気付いた時には、鈴の内側に付けてある錘が外れてどこかに落ちてしまっていた。山道をさがしながら往復したのだが、当然そんな小さなものはおびただしい落ち葉の道で見つかるわけもなく諦めた。

2017年3月13日(月) 晴れ
雑感。
祭典の案内状、檀家への通知を封筒詰めする。午後、明日天候が悪くなりそうなので護摩木を割ったりする。
昨日午後、関西のある30代の女性から突然電話がかかってきて、その方の苦悩する話を30分くらい聞き、それに意見を求められる。ネット空間を泳ぎながらあちこちのお寺に電話をしているのかもしれない。難しそうでうまいこと書けないが、話を聞くくらいのことには寄り添ってやらなければいけないのかもしれない。
今年の冬はうちは誰も風邪をひくことがなく過ごせた。僕はインフルエンザの予防接種は一度もしたことはなく、妻と娘は毎年しているが寝込むということがなく過ごせたのはいいこと。

2017年3月11日(土) 晴れ
午後になって風冷たい
東日本大震災から6年の日。犠牲になった方たちは七回忌になる。本山の機関誌にもきょう午後2時46分になったら追悼の鐘を撞いたり、般若心経をあげたりするようにとあった。本堂で2時半前から経をあげ、時間少し前に鐘楼で待っていると役場の広報無線が黙とうを促す放送を始めた。鐘を撞く、法螺を立てて追悼する。まだ2500人以上が行方不明のままと聞く。海の深いところに眠っているのかもしれない。朝ウォーキングし、その後墓地の掃除をする。風で落ちたたくさんの杉の葉を片付けて燃す。来週は春の彼岸だ。

2017年3月10日(金) 晴れ
外で作業。 ほぼ一日外に出る。午前中墓地の掃除。お墓の花瓶にある枯れた花なども片付ける。裏山に行き、柴燈護摩の壇木に使えるような立ち枯れの太い木などを担いだり、ロープで引いたりして下し、毎年使っている長さに切っていく。もうこんなことを20年はやっている。できるだけ護摩の木も自前で、山からとってきて使えばそこに大聖寺の山の神は、柴燈護摩にも大きな力を与えてくれるのだと勝手に思っている。4時過ぎまで続ける。今年の分は十分に用意できた。来週西光寺で使う御幣用の野竹も取ってくる。午後は暖かく風も強くは吹かず気持ちの良い外での日を過ごせた。今日は息子の31歳の誕生日である。

2017年3月9日(木) 晴れ
ウグイスの声を聴く。 森林組合に電話をいれ、今年もお祭りのための桧葉を都合つけてくれないかと頼むと、何とかしましょうと言ってくれた。助かる。これで今年の柴燈護摩はなんとかできそう。朝、今年初めてウグイスの鳴き声を聞く。朝の冷たい空気の中に突き刺さるような高い声が、裏山のあちこちに移動する。それでもいいなぁと感じる春の声だ。紅梅の古木も花が開きはじめた。花の付きは年々寂しいものになってきてはいるが。サンシュユの黄も春を感じさせる。

2017年3月8日(水) 晴れ
今朝は寒かった。 寒くて目が覚めるというのは久しぶりで、ここのところ春らしくなってきていたので、今朝の冷え込みには参った。柴燈護摩の時に来てくれた方に配るために、無地の添え護摩木1000本をオークションで買う。お世話になっていた会社の方が家庭の事情で急に退職することになったと挨拶に見えた。女房、石和温泉で泊りでいとこ会があり午後出かける。10人ほど集まるとのこと。

2017年3月6日(月) くもり
寒い一日。 今日はまったく陽が出ず、寒い寒い一日になる。昨日のお祭りは暖かくてよかった。秋山さんプリンターの調子が悪く、うちに印刷に来る。茶飲み話などして帰る。一日録りためた映画など見て過ごす。

2017年3月5日(日) 晴れ
不動寺祭典。
不動寺のお祭りも今回が30回目。僕は皆勤賞で、気が付いたら60歳になっている。叔父は55で発願して祭りを始めたのである。貴永さんがほかの用事で来られなかったため、行藏院ご住職に来て手伝ってもらう。法螺もよく鳴った。風も穏やかで最高の祭り日和で、本堂での護摩も盛大に。終わってから従兄たちと話しながら飲む。赤井の兄には、7月の盆におばさんに会いに伺いたいと話すと、快く受け入れてくれた。叔父の願文や法話は毎度感銘を受ける。こういう人が近くにいて目標となる。

2017年3月4日(土) 晴れ
拝観者あり。
事前に連絡いただいていた横浜からの来山者あり。本尊を開帳する。御朱印も。春になりあたたかくなってきたので、ぽつぽつと霊場巡りの人などがある。お昼過ぎ従兄の敬さん来るということで、切石の高速バスの停留所まで迎えに行く。4分遅れで到着。あたたかい日。セルバで駅弁祭りの「かき、あなご弁当」を買ってきて二人で食べる。夕べ開けた上求寺で貰った葡萄酒をすすめる。とてもうまかったので従兄にも勧めたのだが、気に入ってくれてほぼ飲んでしまう。1時間ほどいて飯富の親戚まで送る。明日また不動寺の祭典で会う。今夜は大学の後輩と甲府で会うということ。

2017年3月3日(金) 晴れ
あたたかい。
今日は陽射しがたっぷりとあった。午前中彼岸の塔婆を書く。午後裏山に行く。昨日雨が降ったので、いつもならカラカラに乾いた落ち葉の上を歩くのがたいへんだが、今日は雨に濡れて沈んでくれていたおかげで歩きやすかった。陽射しを直接受けるととてもあたたかく感じることができた。

2017年3月2日(木)
冷たく寒い一日。
昼前から雨になり寒い一日になった。少しあたたかくなったと着ているものを一枚薄くしたりするとこういう日は寒さに震える。かまやつひろしが亡くなる。結構芸能人の訃報を聞くことも多くなってきた。これって自分の年齢も上がっていくのでそういうことに耳ざとくなっていることなのだろうか。

2017年3月1日(水) 晴れくもり
書類未提出法人への通知。
県から宗務所に「書類未提出法人への提出指導及び過料事件通知について」という文書が届いた。簡単にいえば毎年提出が義務付けられている宗教法人の「事務所備付書類」が提出されていないところがあるという通知で、醍醐派の所下寺院3か寺が該当していた。ただ今回は初めて、期限までに提出がなければ、宗教法人法の規定により地方裁判所へ「過料事件」として通知し、過料金額は最高で10万円となるというものである。脅しの類なのだろうかよくわからないが、提出を強く促してほしいということのようだ。僕は毎年4月になれば提出している。責任役員、総代に変更がなければ、内容は毎年同じものをそのまま出しているだけである。だからそんなに難しい事でもないと思うが、出していないとこがあるんだなぁ。またこの連絡もしなけりゃならんのだな。こういうことはほんとにめんどくさいのである。いま二人に人電話したところであるが。今日から3月。年度末も俺にはあまり関係ねぇな。

2017年2月28日(火) 晴れ
上求寺祭典。
朝7時過ぎに家を出る。通勤時間帯にちょうどぶつかり、1時間半かかって着く。牧丘は昨夜雪が降ったとのこと。参座してくれる行藏院、玄法院ご住職も9時過ぎに来てくれる。10過ぎに出立。いつものように途中で車を降り、大滝のお堂まで沢沿いに林の中を登る。20分ほどで到着。4人で準備をする。寒い。ここは電気もない。貴永さん願文をあげ、不動護摩一座修す。鼻水が途中流れそうになり鼻をかむ。一年に一度この極寒のお堂の中で護摩を焚く。上求寺も果てしなく続いていってほしいと本当に強く思う。あぁ今年もこのかけがえのない、同じ志を持った大徳方と一年を始めることができたなぁとしみじみと思う。よい人たちと出会えたものである。東海師が都合により来られなかったのが残念。玄法院ご住職より3月最終日曜日の祭典案内をいただく。今月は4度の護摩を焚いた。3月は祭り三昧の月になる。

2017年2月27日(月) くもり
午後裏庭掃除する。
午前中本堂と護摩壇の掃除。きれいになった。昼過ぎからは曇り。昼飯の後裏山を歩いて(鹿を見た)、帰ってきてから客殿裏の庭の掃除をする。風が何度も吹いたので、杉の葉がいっぱいだ。護摩の炉の火をつける仕込にも使うし、柴燈の護摩壇の仕込にもたくさん使っている。はじめるとなかなか止められなくなる。貴永さんからメールが届く。大滝のお堂の前は雪が残っている。長靴できたほうがいいとのことだった。

2017年2月26日(日) 晴れ
例月の護摩を焚く。
2日早いが、28日上求寺に行くので例月の護摩を焚く。日曜なので、誰か参拝に来るかもしれないと思ったので。ここの所毎月最終の土曜か日曜に、都留の佐藤さん一家がお参りにやってきていた。午後1時から始めると、20分ほどのちに佐藤さん家族がお参りに来た。女房が案内して内陣に入って座っていただいた。お嬢さんが高校受験ということで特にお願いをしていった。一壇護摩が続いていたので今日は全編通しで。終わって片づけをはじめ、炉の残り火を片付けていたところへ甲府のBさん夫妻がやってきた。せっかくなので内陣でお参りしていただく。少しずつ春が感じられるようになってきて、昨日も今日も、百八霊場周りの御朱印を望む方が来た。いい季節になってきた。あとは28日大滝不動のお堂でいい護摩を焚くことのみ。

2017年2月23日(木) 晴れ
午後には暑くなる。
午前中いっぱい雨。西光寺の柴燈護摩に使う幣やシメを作る。しばらくぶりにBRYAN FERRYを聴いた。雨が止んでからはとてもいい天気になり、外は気温が上昇する。電話が鳴ったのでとると秋山さんが訪ねてきた。外で20分ほど話してゆく。福寿草の花を見てもらった。

2017年2月22日(水) 晴れ
還暦のお祝い。
朝裏山を歩く。春の嵐が吹いた後の山の中で、枯れた赤松の大木の幹が裂けるように折れて倒れ、隣りの山桜も巻き添えを食って倒れていた。今日はお昼を女房の3人の姉兄たちが招待してくれて御馳走してくれた。昼から美味い酒と美味い食い物を腹いっぱいに楽しんだ。増穂インターが3月に岩間まで延長するための工事が急ピッチで進んでいる。開通したら一度走ってみようと思う。

2017年2月21日(火) 晴れ
今月2回目の護摩。
夕べも風が強く吹いた。朝寺の周りを墓地の方まで確認しながら歩いてみる。大きな枝の折れているようなことはなかった。9時過ぎから護摩を焚く。本尊檀1壇だけで終わる。片付けて掃除し、再び護摩壇の支度をする。28日上求寺へ行くので、26日の日曜に例月の護摩をしようと思う。今月は3回の護摩となる。午後陽射しが強くなって、外の水場で雑巾を洗っていたら、黄色が目に入ったので近づくと福寿草が開いていた。福寿草に今年も会えてうれしい気持ちになる。

2017年2月20日(月)
春の嵐吹き荒れる。
朝から強風が吹き荒れ雨も降らせた。ケヤキの枝が折れやしないかと気が気ではなかったが、夕方が近づいてくるにつれ風も少し収まってきた。小学校に電話を入れ、下校児童に寺沿いの道を歩くのを注意するよう促してほしいとお願いし、午後4時の下校時間に合わせてこちらも外に出て待った。でも結局引率の先生が、町道側からこっちに手を振ってくれて合図してくれるのがわかったのでよかった。しばらくすると校長先生からも電話をもらった。雨はまだ残っているがほぼ風は止む。T工房より電話があり、明日追加分のお加持の護摩を焚くことになる。

<2017年2月19日(日) 晴れ
出かける。
早朝1時間ほど歩く。帰ってくると体が芯まで冷え切っている。歩いていると元町長に声かけられて挨拶をする。洗濯機の調子が少し前から悪いらしく、今朝は脱水ができなくなってしまったと。それで洗濯機を買い替えることにし、久しぶりに11時の鐘を撞いてから3人で出かけた。昼飯はウナギを食らうことにした。確かに贅沢な食い物になった。3500円もするのだから。それでも僕は、娘があと運転してくれるというので熱燗も頼む。家電量販店で洗濯機を購入。配達は一週間後。本屋により、大法輪とレコードコレクターズを買う。ずっとウナギ専門店でうな重を食いたいと思っていたが、いざ食い終わってみると、それほど特別な感動も満足感もなく、「やっぱりうまいなぁ」という感想もわかなかったので、この後は積極的に食いたいと思うこともないかもしれない。

2017年2月18日(土) 晴れ
護摩を焚きお加持をする。
腕輪型の念珠を販売汁会社が、男女の新作念珠を販売するに当たり、制作した甲府の工房の方と一緒に来寺する。11時少し前から本堂で祈願の護摩を焚き、念珠をお加持する。今日持ってきたのは製品として会社に検品してもらうためのもの10本であった。1時間ほどで終える。こういう護摩は初めてなのだが、商品がヒットしてくれたら僕も護摩加持した甲斐があるというもの。お二人ともお忙しいようで、終わった後すぐにお帰りになる。今日もそんなに気温は上がらず。

2017年2月17日(金) くもり
東京じゃ20度だというのに。
関東地方に春一番が吹いたというニュース。東京じゃ20度を超えたという。こちらもいい天気になると思っていたが、10時過ぎから急に雨が降りはじめて、すぐに止むかと思っていたら結局一日雨となる。ここは寒いくらいの陽気。明日、念珠加持の護摩を焚くので、来る人たちのために本堂にホットカーペットを用意。Wさんから連絡があり、女房の車3月25日に納車すると。4月にずれ込むかもしれないといっていたので、「頑張って3月中に納車できるよう努力してください」とお願いしたのが通じたのかもしれない。別に人気車ということでもなく、自社ブランドより、他社の車として売る方が出荷比率が天地の差のある車のようで。こういうところってなにも知らなきゃ知らないままに終わってしまうよな。

2017年2月16日(木) 晴れ
気温上がる。
午後は気温がかなり上がった。午前中百八支を作る。午後あたたかい風呂場で頭を刈ってさっぱりとする。石原慎太郎もすっかりどこにでもいる極々普通の高齢者になってきた感じだな。強気の発言が一転翌日には尻込みしてしまうという老いぼれの弱さを露呈した。小池百合子にやられっぱなしってのもちょっと癪に障るがなぁ。人間万事塞翁が馬。

2017年2月15日(水) 晴れ
ここでは何も起こらないが、この国でもよその国でもいろいろなことが毎日起きる。
キム・ジョンナムが女性工作員2人によってマレーシアで殺されたというニュースが飛び込んできた。このどこか「憎めない奴」という感じの金正日の息子。異母弟の陰謀に殺された可能性が高いということだろう。この冬北海道に新天地を求めていった茶堂君がもう10数年前くらい、何故かキム・ジョンナムの顔写真の完バッジを作って、貰ったことがある。それ以来この「憎めない奴」風な国籍不明で世界各地を遊びまわっている風な男のことを時々思っていたのだが、あの扇子のような頭をした独裁者に殺されてしまうとは残念。幸福の科学へ「出家」した女優の清水富美加のことも連日ワイドショーで取り上げている。約束された仕事だけはしっかりとこなして、すべてがクリアになったところで、出家すれば何も問題はなかったんだろうに。サラリーマンが仕事を辞める時も、最低でも一か月前に退職願を届け出るってのがルールだったような気がするが。誰かが言っていたように、こういうことを許して出家させるということなら、幸福の科学自体も評価が落ちるのではないか。朝八田の長谷寺の小暮住職から3月18日の観音祭りに出仕してほしいと連絡をいただく。ありがたいことである。即OKしました。朝裏山を歩く。朝まだまだほんとに寒い。

2017年2月12日(日) 晴れ
Rolling stones。
土日とストーンズで愉しませてもらった。WOWOWでストーンズのliveが放映された。1990年の初来日の東京ドームでの公演も良かったが、なんといっても「ザ・ローリング・ストーンズ ライブ・イン・キューバ 2016 〜HAVANA MOON〜」。2016年3月25日にキューバ:ハバナでの野外会場で行われたフリーコンサート。一番年長のドラマー、チャーリー・ワッツはもう75歳を過ぎた。50年以上もBandを存続させて、なおかつほんとにトップを走り続けているのだ。ミックは、「キューバで俺たちの音楽を聴くのは大変だったろうな」と語りかけ、キューバでコンサートができたことを大いに喜んで歌い続けた。壬生さんからいただいたばかりの正月の酒をぐいぐいやりながら、女房も娘もまだ帰ってこないことを密かに喜びながら、テレビの最大音量でストーンズを目の当たりにした。森進一や井上陽水を口ずさめるように、「Satisfaction」「Jumpin' Jack Flash」をミックと一緒に歌えたらどんなにか幸せだったろうかと日本語のみのおのれを恥じた。キースもロニーもいかしたギターを聞かせてくれる。チャーリーは寡黙で紳士な、ドラマーの手本だ。ミックのハープもかっこよかった。大好きなサックス奏者のカール・デンソンがサポートメンバーに入っていたのもうれしかった。土曜の夜、今日の朝と夕、ストーンズでほんとに楽しませてもらった。

2017年2月11日(土) 晴れ
朝相当冷え込む。
寒かった今朝は。4時に起きて簡単に朝飯を済ませてお勤め。6時過ぎから早朝ウォーキング。1時間ほど歩いて帰ると、シューズの紐もほどけないほどに軍手を外した指先がかじかんでいる。しばらくじゃ蛇口から出る湯に浸して感覚が普通に戻るのを待つ。母娘は吉祥寺にある目的の店へと朝出かけてゆく。切った柿の枝を護摩木にすべく割る。落札した阿久悠作詞集「人間万葉歌」届く。午後行藏院よりお酒届く。ありがたく頂戴し早速正月の上等な酒をいただく。

2017年2月9日(木)
寒い寒い一日。
いっとき雪にもなるがほぼ一日雨が降り続いている。寒い一日だ。炬燵にばかりもぐりこんで、映画やドラマを見て過ごす。午後飯富病院を定期受診。木曜の午後は大体空いているのだが今日は天候も悪いせいかいつにもまして閑散としていた。元同僚の望月さんと一緒になり、診察を待つ間に子供たちの話など交換する。不動寺の叔父から、3月の祭典のことと牧丘の普門寺の法事の件で電話ある。

2017年2月8日(水) 晴れ
今日も晴れ。
少し風は冷たいが、午前中は少しでも外に出てみたいと思うような季節になってきた。女房も外で落ち葉掃きなどにいそしむ。僕も墓地参道の溝を掃いたり、柿の木の枝を短く切ったりした。午後生ごみのコンポストを移動する。珍しく猿が一匹畑に現れる。はぐれがいるという話を聞いているので、そうなのかもしれない。

2017年2月7日(火) 晴れ
「北方領土の日」だそうだ、関心がないが。
昨日も今日もいい天気。護摩木作りに精を出す。昨日と今日、獣除け扉の朝夕の開閉当番。午前6時開扉の午後6時閉扉。朝は少し早めに行き、夕方は早めに閉めてしまう。夕方は大分陽が伸びてきた。夕の開扉に合わせて1時間ほど前からウォーキングに出る。まだもうちょっと寒さが続き、雪の降る心配もある。

2017年2月5日(日)
雨になる。
5時に起き、お勤めをしてから朝食を済ませ、6時半過ぎから1時間半ほど歩く。八幡神社の春の祭典がある。終わった11時過ぎから雨が降りはじめる。遠くの山は煙っていて、雪でも舞っているのじゃないか。寒い一日になる。午後三菱に車のリコールの通知が来たので持ってゆく。1時間ほどかかる。

2017年2月4日(土) 晴れ
立春。
立春の朝を歩く。梅の花があちこちで開きはじめている。今日も百八支を一束作る。

2017年2月3日(金) 晴れ
節分。
暮れから正月、1月中に空けた1升ビンを酒屋に持ち込み節分の酒を仕入れてくる。午後先日採ってきた梅の若い枝の皮を削ぎ、散杖をこしらえる。去年少し多く作りすぎて全部使ってないので、また誰かにあげて使ってもらおうと思う。畑に行ってあたたかい陽射しの中で2時間ほど散杖づくりをしたが風もなくさわやかな節分の日であった。夕のお勤めをし、本堂から客殿、庫裏、住まいと豆撒きをする。

2017年2月2日(木) 晴れ
御札を貼り換える。
節分、立春のお札を貼り換える。歳徳神と三宝荒神幣を供える。今年の恵方は北北西。歳徳神は庫裏のその方角の鴨居に置く。昼前から風が少し強めに吹くようになり、御札を貼り換えるのに少し難儀する。T工房から、2月18日に一度護摩を焚いて加持してほしいとの連絡があり承知する。

2017年2月1日(水) 晴れ
2月入り。
今月も特別な予定はない。仁王会前行も今年は行かないことに決めた。最後の28日に上求寺の大滝不動の護摩焚きがあるのが予定といえば予定。あと、T工房から頼まれた仕事が今月中にあるかもしれないし、来月になるかもしれない。護摩木作り。百八支を自作できればこれが一番いいのだが、割りばし程度に1本1本割っていくのは至難の業である。スギ、ヒノキが割とまっすぐに割りやすいのだが、丸太を取ってきて、玉切るのが厄介。そこから割っていくということになる。今回自作してみたのは、沢の中に生えていた細い木の枝で、名前はわからないが、ちょっとヌルデにも似ているようなので、そのとくに細いところを百八支の長さに切っていって、墨を塗り、鉈で割っていくというのを試しにやってみた。百八本そろえると少し大きめの束になったが、十分いけそう。ヌルデもそうだけど、長く保管していると虫が入ってダメになるので、回転よく使って、また枝を切ってきて作るということをすれば、杉、桧よりも案外容易に作れるということに気付いた。これでいける。

2017年1月31日(火) 晴れ
1月も終わり。
この年の初めのひと月を今年は長いなぁと感じた。ここ2,3年、年末から1月にかけて檀家の葬儀が続いてあったので、今年何も不幸がなかったのはいいことだが、あまり緊張することなくだらーりと過ごしてしまったような気がしている。去年檀家のの葬儀がいつになく多かったので、使い果たしてしまって今年はそういうことが無いかもしれない。昨日の続きの御朱印を書いてしまい、歳徳神、三宝荒神の幣を作る。午後裏山を歩く。今日も風は少しあったが好い天気になる。歩き終えて汗をかいたので風呂場で頭を刈る。アメリカはどういう方向にトランプに梶取られてしまうのか。こんな人間があの自由な国の大統領になるなんて、選択してしまうなんて、絶対にありえない。

2017年1月30日(月) くもり晴れ
午後風強くなる。
朝には雨が上がり気温の上がる好天になると予報していたが、なかなか雨はあがらず昼過ぎまでぱらぱらと舞っていた。T工房から依頼されたことのひとつにご朱印を書くということがあったので、Horace Parlanをmixcloudで聞きながら台所で書きはじめた。今日頼まれた半分書いてまた明日。東京では4月並みの気温にまで上がったという。ここも閉じた部屋の中は暑いくらいになった。外は風がだいぶ強く吹きはじめている。娘の誕生日。

2017年1月29日(日) 晴れ
今日も引き続きあたたかい。
4時起き。ご飯を食べてお勤めをして6時半過ぎから1時間越えで歩く。陽が昇ると本当にあたりが明るくなり、気温も上がってくるのがわかるような気がする。朝の冷え込みも緩んでいるので歩くのも苦にならない。今日も護摩木を作る。甲府のT工房からの用件のことを少し始める。Miles Davis聞く。

2017年1月28日(土) 晴れ
初不動。
今日も日中はとてもあたたかく、初不動の護摩を焚いて祈願した後の片づけも、あまり苦にならなくて夕方までかかって掃除をすることができた。上野原から先週お参りに来た方が、今回はお母さんらしき人を一緒に連れてお参りしてくれる。富士吉田からの家族もお正月に続いて今日お参りに来てくれる。ほんとうにありがたい限りである。市川三郷町の西光寺から今年の秋葉尊祭典を3月19日に決めたのでよろしくとの電話がある。行藏院、瀧本院にメールで連絡する。春の匂いがしてきたなぁ。午前4時に起き、早目に朝食を食べてお勤めをし、朝を1時間歩く。

2017年1月27日(金) 晴れ
風強く吹く。
日中はとてもあたたかかったが強い風が吹いた。午前中1時間ちょっと歩く。午後、柴燈護摩の小木とする細い枝を取りに行く。はじめは億劫だが、外で体を動かしているとだんだんと気持ちがよくなる。寒いけど春が感じられるようにもなってきた。梅の蕾があちこちでほころび始めている。

2017年1月24日(火) 晴れ
しんしんと冷え込む。
布団の下から冷気が体の中に入り込んでくるのがわかる夜を過ごした。4時に起き、庫裏の水回りが大丈夫かどうか確かめる。凍ってはいず。外の便所のメーターBOXを開けて水道栓を閉める。水回りは何もなくホッとする。日中はあたたかいのだが朝晩が冷え込み厳しい。今年はストーブの灯油使用が多いと思う。正午過ぎに茶堂君を身延駅に送る。元気で仕事を頑張れと送り出す。人生にまだこれからでも希望が見いだせそうな気持になったのだと語った彼の思いが成就するように祈りたい。午後東京から4人がお参りに来て本尊を開帳する。

2017年1月23日(月) 晴れ
茶堂君来寺。
29日に新しい生活の場所北海道屈斜路湖近くへと旅立つ茶堂君が、10年住んだ京都を引き払って、暫しの東京での時間の前に立ち寄る。11月12月と来ていたので3か月続けての来寺である。秋山さんも来たいといっていたのだが急きょ体の調子が良くないとのことであってもらえず残念。今夜はここもとても冷え込んでいる。これでもう何年かは会うこともないのだろうから。僕はまたどこか京都に宿を捜さなくてはならない。

2017年1月22日(日) 晴れ
祈願の護摩を焚く。
小林家家族のための護摩を11時から焚く。夫婦と息子さん2人が来てくれて、寒い本堂の中で一緒に祈りをささげてくれた。願主は僕より一つ下で酉年生まれ。酉年の守り本尊は不動明王であることを話し、今年一年はいい年になるよと話す。次男なので家を出て中央市に家庭をもっているが、昨年お父さんが亡くなってこともあり、新年になって奥さんから家族の安全を願いたいとの電話があった。今日は午前中とても強い風が吹いた。年末から新年にかけてまだ枝に残っていた欅の葉もすべて今日の風で吹き飛んだ。乾燥しているので梶には気を付けないと。消防団の出初があり、火伏も納めた。朝歩く。

2017年1月21日(土) 晴れ
部屋の中に陽が射せば暖かい。
今日は外に風が有り寒かったが、焚いて祈願をして欲しいという家族がいる。5年前にもお願いしたというのだが全く覚えていない。洗米を作り新聞紙に広げて外に干していたのだが、うっかりしてしまい風で新聞紙がめくれてほとんどが下に落ちてしまっていた。もう一度洗米を作り今度は慎重に庫裏の張り出しに干して夕方取り込んだ。夕方相撲見る。結びで白鵬敗れ、稀勢の里千秋楽を待たずに優勝決まる。

2017年1月20日(金) くもり
大寒。
寒い一日になる。午前中いっとき雪になるもすぐに止んでしまう。今日が“大寒”。10時少し前から1時間ほど歩く。iPodの曲を入れ替えたのでまた少し新鮮。YouTubeやSoundCloudをDLする簡単で優れたサイトを発見したので、今まで使っていたのよりいいみたい。こんなことして遊んでばかりいる。甲府のT工房よりメールはいる。今年は仁王会前行に行かないことにした。これでしまいになるかもしれない。

2017年1月19日(木) 晴れ
確定申告。
稼ぎはないが確定申告を毎年している。女房は去年3月まで勤めた病院でのパートの分の源泉が送られてきていた。僕には町の文化財保護審議員報酬が。その分の所得税還付の申告をする。あと、娘と息子に、僕らの国民年金、建物共済の保険料支払い分を控除に使えるので、確定申告をしてやるというもの。でもやってみると還付される金額はごくわずかである。それでもいくらか子供たちのためになにかしてやりたいものだ。今年からマイナンバーを明らかにしてその写しを添付する必要が出てきた。あすの午後から雪になるかもしれないという。琴奨菊大関陥落。去年優勝後、新妻を伴ってでかくはしゃぎすぎたあとからローリングストーンだったな。

2017年1月18日(水) 晴れ
寒いが天気はいい。
一週間以上晴れの日が続いている。朝の冷え込みは厳しいが昼間はあたたかい。今年初めて裏山を歩いてみた。たれか正月になってから山に入ったのか、蜜柑の皮が3か所落ちていた。週末に猟師たちが山に入っているのでその人たちかもしれない。本山から責任役員の更新の任命書が届き、その手数料を払いに郵便局まで午後歩く。ついでに1枚だけ当たった年賀はがきの切手シートをもらい、残った年賀はがき15枚を手数料払って普通のはがきに交換もする。正月が明けて、また面白そうなジャズのアルバムをたくさん買い込んだ。散杖用の梅の枝を何本かとる。

2017年1月16日(月) 晴れ
大相撲が今場所は面白い。初場所実に面白い、楽しませてもらっている。御嶽海と高安の取り組みが毎晩楽しみであるが、寡黙でちょっとむっつりとした稀勢の里も秘めた闘志で全勝街道を走っていたが、今日、意地の琴奨菊に負けてしまったのは残念である。琴奨菊はおそらく今場所勝ち越せないだろうが、最後の力を振り絞ったような力のこもった取り組みだった。
母の命日である。2年前のことを思い返したりした。朝の冷え込みが厳しい。昨日女子駅伝の行われた京都は雪だったが、あれを見てたら今年の仁王会前行はどうしようかなとまだ考え中。

>2017年1月14日(土) 晴れ
寒波到来、法事あり。一日外の気温は2度乃至3度というような寒い一日になる。大学受験生は今日明日が大学入試センター試験。うちでは11時から若尾家の七回忌の法事がある。七回忌ということは6年が経過したことになる。東日本大震災で犠牲になった方たちも今年が七回忌になる。この6年は自然災害や多くのテロでの殺人が行われたり、正解はどういう方向に行くだろうかと首をかしげたくなるようなことがたくさんあった。田舎で生活をしている僕たちの生活環境も年々貧困になってゆく感じは否めない。風花が朝から舞う寒い一日になった。

2017年1月13日(金) 晴れ
なんと。BOOK-OFFのヤフオクから山本一力の時代小説を19冊買った。皆100円で総額が1500円を超えると送料が無料になるので、これなら街中のブック・オフに行くよりずっと効率的だと思い買ったのだが、今日届いたらものすごく重くて、開けると全部単行本だった。文庫だとばかり思い込んでいたのだが、まさか単行本だったとは。まあそれでも楽しみができた。読後は「内船寺カフェ」の無料お持ち帰りブックコーナーにでも置いてもらうとするか。

2017年1月12日(木) 晴れ
母三回忌。娘は今日休みだったので法事にも出てもらう。あとは妹夫婦のみ。11時半から法事をし墓参。女房は今日が60歳の誕生日。皆歳をとるわけだ。台所のテーブルで若大将からとった料理で昼食。マスターが燗つけようの酒を1本くれたのでそれを飲む。結局二人で1本空にしてしまった。向こうは日蓮宗のお寺だが、家族や寺のことなど久しぶりにゆっくりと話す。僕もこの寺の先のことを案じていることなど話す。なるようにしかならんというような呑気なことでも僕は困ると思っているのだが。祖父も父もこういう状況になることなど予測もしていなかったことだと思う。
BOOK-OFFのヤフオクから山本一力の時代小説を19冊買った。皆100円で総額が1500円を超えると送料が無料になるので、これなら街中のブック・オフに行くよりずっと効率的だと思い買ったのだが、今日届いたらものすごく重くて、開けると全部単行本だった。文庫だとばかり思い込んでいたのだが、まさか単行本だったとは。まあそれでも楽しみができた。読後は「内船寺カフェ」の無料お持ち帰りブックコーナーにでも置いてもらうとするか。

2017年1月10日(火) 晴れ
夕の風が冷たい。日中はとてもあたたかく、閉め切った部屋にいると来ているものを一枚脱ぐ感じ。夕のお勤めで外に出ると本堂にわたるまで、刺すような北風が頬に冷たい。少し風が強くなった。新年も1月10日である。

2017年1月9日(月) 晴れ
一日いい天気で雪はほぼ融けてしまう。
夜になって止んだ雪はその後降りはじめることなく、昨日の夕方除雪した道は表面が見えていた。5時半に起き朝食を済ませ、短く朝の勤行をして墓地参道に向かう。1時間ほどかけて雪道を開けた。木曜に母の3回忌をする。土曜には若尾家の七回忌の法事がある。法事の予定がなければ放っておくところだが、やはり道の雪を除けておかなければ墓地は寒くて冷えて、陽の当たる時間が短いので一度雪が積もるとなかなか解けてくれない。大した積雪ではなかったことと、一日よく晴れたので、本堂や庫裏の雪もほぼ落ちたし、墓地参道もきれいに融けた。ローリングストーンズの新譜はこてこてのブルースとのことで、とりあえずYoutubeで聞く。もう少し安くなってから買うことにしようと思う。

2017年1月8日(日) くもり
新年の雪降る。午後2時前くらいから雪が降りはじめる。水分たっぷりの重い雪だ。昨日の夕がどんど焼きで、今日は朝から同志会の獅子舞が集落を回る。この獅子舞も何度か大雪の中で行われたことがある。10時半頃我が家にも来る。降らなきゃいいけどなぁといいながら、酒を出したり、毎年恒例のコーヒーを出す。東海師初詣にちょうど訪れていて一緒に獅子を見る。ノロウイルスにたたられた年末年始からやっと体調が回復してきたとのこと。僕は獅子舞への振る舞い酒の残りで昼前から気持ちよくなってくる。東海師帰り、妻娘も義姉兄たちとの新年会に出かける。うとうとしていると大粒の雪が降りはじめたことに気が付く。早めにお勤めをして本堂を閉める。高校女子サッカーの決勝戦を見た後、雪道を開けに外に出る。1時間半ほど作業し汗びっしょり。ビールと水割りが気持ちよく喉をおちた。

2017年1月7日(土) 晴れ
もう一週間。先週の土曜は大みそかだった。もう一週間が過ぎた。朝は冷え込むが一日いい日和。ここは今日小正月のどんど焼き。どんど焼きにうちでは暮れ正月に返された古い札や檀家の古い位牌などを焚きあげる。寺の畑が会場だからこれは特権である。午後外に出ていると声を掛けられた。飯富の同級生の長田君の弟さんであった。彼の家はもうなくなってしまったが、今日こちらを訪ねてきたのだという。いま、神奈川で高校の校長をしていると名刺を渡された。女房も甲府へ出かけているので、一人で映画など見ていると、妹が来た。一番下の息子が20歳になり、南部町は今日成人式をしたとのことで母の墓参も兼ねて清貴君を伴い訪ねてくれた。若くてぴちぴちした夢見る青年の頃が僕にもあったわけで、できるだけいつまでもそんな気持ちを引きずっていたいと思う。

2017年1月6日(金) 晴れ
田舎暮らし必携。息子が年末に女房のクルマを持って行き、彼は新年から職場への通勤に使い始めたようだが、こちらはいささか不便になった。僕も女房も火曜職場もなく、必ずしも毎日クルマがなければならないということではないので、1台を共有して使っていくことは経済的なのかもしれない。が、なかなかこれがうまくいかないものである。互いが必要な時がぶつかると、この共有の法則に支障が出てくる。やはりここで暮らすには、普段車庫にぐっすりとクラマは寝ていても、自分が使いたい時にすぐに乗り出せる状況は絶対に必要。ということで買うことにした。納車までには一ヶ月以上かかるということだが、そこまでは辛抱。

2017年1月5日(木) 晴れ
今朝は冷え込む。 朝寒かった。暮れに刈った頭を葬儀の助法に行くのに刈ろうか迷って、夕べはそのままにして寒さに負けた心でいたが、今朝やはり新年初の葬儀だから身ぎれいにして出かけようと、風呂場で刈ってから出かけた。敷島の葬祭場で、昨日もその近くまで実は出かけていたのだ。ここは少し内からは遠い。本日導師の行藏院ご住職、玄法院ご住職と新年のあいさつを控え室で静かに交わす。東海師の話をしたら、まだ体調が回復していないということらしい。困ったものだが早く回復してもらいたいものだ。今日の前後讃は気持ちよくうたうことができた。高野のおじ親子と一緒だと、若干節回しが違いどうしても声出しを遠慮することになるが、醍醐のお二人ということで気持ちよくできた。葬儀と云えど、何か清々しい気持ちがしたのが本音。正午からの葬儀で、終えてから初七日法要があり御斎が昼食を兼ねた。腹がとても減っていて、運ばれてくるものをすべて完食した。同じ志をもつ仲間と新年早々から会える機会は何ともうれしいものであった。

2017年1月4日(水) 晴れ
新年の檀家回り。新年の御札をもって檀家回りをする。遠いところはくれに来てくれたときに持っていって貰ったりもしているので比較的早めに終えることができた。5時半少し前に起きる。お勤めをして朝食。7時20分過ぎに出発。本栖の隧道を抜けたところで湖と富士に向かって法螺を立てる。富士のご来光にカメラを向ける人たちがたくさん居並ぶ場所。富士ヶ嶺の遠藤家の前でも法螺を立てるが富士は見えず。あたたかい正月だとのこと。市川の遠藤家に寄る必要がなかったので精進湖線を甲府まで一気に下る。甲府、昭和方面をまわり11時過ぎにいったん寺に戻り、そのまま地元檀家と飯富方面をまわり12時半に終了。午後映画1本見る。年末に見えた富士川町の男性また来てくれる。熱心な人。午後3時過ぎに上求寺の貴永がお母さんと訪ねてくれる。おばさんの85歳の今日が誕生日だとのこと。毎回「もうこれが最後かもしれない」という。焼き芋と葡萄酒をいただく。正月も来てしまえば行ってしまうのもあっけない。

2017年1月3日(火) 晴れ
終日ダラダラと過ごす。飲みすぎでほぼ食べられず、動けず。箱根駅伝ゴロゴロとみる。薄暗くなってきてやっと復活した。こういうどうしようもないところは死ななきゃ終いにならない。明日のお札配りの支度、明後日の葬儀の助法の衣体の支度などする。

2017年1月2日(月) 晴れ
例年の如く。箱根駅伝の初日を朝から見る。山梨学院大学は力出せず初日16位に撃沈。明日にも期待は持てそうにない。午後例年のように川口さんと秋山さん来る。庫裏の炬燵で新年会をする。もう10年以上は続いているだろう、もっとか?

2017年1月1日(日) 晴れ
元日。正月の穏やかな朝になる。元日の朝がまずもってつらい。午前2時過ぎに就寝し、6時頃には目を覚ましていて、布団の中でもぞもぞしながら起き時を計っている。今朝は6時半には起きた。簡単に元日の朝のお勤めをしてから本堂の掃除。主に護摩壇の後を掃除する。3が日は本尊厨子を開帳し、内陣まで参拝者が自由に入れるようにしてあるので、護摩を焚いた後のままだと見苦しい。これをして鐘楼や庚申堂に持っていった燭台を片付けたり、大晦日の予定案内を外したりする。本堂に運んだストーブ、ホットカーペットも庫裏に戻す。これをしてやっと解放される。午前10時から地区の新年の互礼会が八幡神社である。同志会の新年会にもちょっと顔出しする。年賀状見ながら飲む。