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from the death of Buddha to Bob Marley
大峯花供入峰
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 大峯奥駈入峰2017写真
2017.07.19-23
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2018年1月8日(月)
雨。
やがて雨が降り始めるという予報の朝。10時過ぎにはぽつぽつと降り始める。そんな朝だからいつもの冷え込みはなく、外の止水栓を開くと外の水場の水道もすぐに水が出た。娘と女房は甲府へ出かける。僕は一日映画やドラマや落語や高校サッカー、高校ラグビーの決勝戦を見る。雨でどんよりとして寒い一日だった。成人式は大方が昨日の日曜に済ませたところが多かったはずだが、今日予定の成人式に、予約していた晴れ着が届かずに式に出られなかったりした可哀想な新成人がいたとのこと。こういう逃げてしまった業者はいかんなぁ。明日からしばらく更新できないかもしれない。修理で。

2018年1月7日(日) 晴れ
法事あり。
今朝の冷え込みもきつい。11時から法事。焼津、三島から13名で来寺。法事の時間帯は少し暖かくなるも、墓地は冷え込んでいて少し風もあった。終えて庫裏で食事。法螺貝の話になり、来ていた男性が太鼓のグループに入っていて法螺貝も吹くというので、まず僕が吹いてから渡すと、ただストレートに乙音を立てるだけのようなもの。そのうちにその子供たちまでが吹かせろといい、ぷーぷーぷーと始まってしまう。なかなかに正月としては異例の法事になる。古い法螺を一つ差し上げた。

2018年1月6日(土) 晴れ
明日の準備。
明日佐野家の七七日忌の法事があるのでその準備をする。準備をしながら、正月の供え餅なども片づける。昼間は穏やかで日差しもあり、部屋の中はあたたかであった。95歳の若尾刀自から年賀状が届く。自分で書いて送ってくれたので、僕もうちの年賀状をA4に拡大印刷して封書で返信した。

2018年1月5日(金) 晴れ
去年の今日は。
去年の1月5日は行藏院の檀家の葬儀の助法に、玄法院の住職とともに行っていた。今年も寒い時期なので突然の訃報が入ってくることがあるかもしれない。昨日お札配りで富士豊茂に行ったとき見た富士に、雪が少ないように思えたのだが、今朝のサンニチには例年より雪が少ないと写真入りで載っていたので、僕の感覚に狂いがなかったことが証明されちょっと気持ちがよかった。それにしても朝夕寒すぎる。新潟の山ア師から昼食時に電話が入った。今日から仕事始めとのこと。新年のあいさつを交わし、今年も何度か会えることをお互いに話した。

2018年1月4日(木) 晴れ
お札配り。
新年のお札を檀家に配る。朝7時15分出発。昨日の夕方外の便所のところの止水栓を止め忘れてしまい、ちょっと心配しながら出かける。まあ大丈夫だったのだが。マイナス5度の朝。下部から本栖湖へと上がる。トンネルを抜けて本栖湖に出ると、ちょうど朝日の出た富士山が目の前に臨めた。なかなかこの光景に出合えることがなかったのだが今朝はよかった。さっそく車から降りて富士に向かって法螺を立てる。写真を撮っていた人たちも静かに聞いてくれる。豊重の遠藤さんから市川、甲府へと回り、お昼過ぎに帰ってきてそのまま地元の檀家を回ってしまう。日差しのあたたかな昼になる。頼まれたお札なども送る。

2018年1月3日(水) 晴れ
護摩を焚く。
箱根駅伝終わってみれば結局青学が優勝し、山梨学院は18位に沈んだ。来年また予選会出場となる。古豪もあるが新しく出場する大学も出てきたので、選手に優劣があまり顕著にあるとは思わない。上田監督の指導力に陰りが見えてきたと言うしかないのではないか。午後大月の蔦木家の皆さん参拝に来寺。双子のお孫さんが2月に看護師の国家試験を受けるため、合格祈願の護摩を焚く。きっと大丈夫。3が日もあっという間に終わってしまった。

2018年1月2日(火) 晴れ
新年会。
午前中恒例の大学箱根駅伝見る。山梨学院の成績がやはり気になるが往路終わってみればさんざんなもの。期待の5区の上田主将も大ブレーキ。2区のニャイロの活躍がなければ本当にどんじりに沈んでいた。もう今年の箱根は終わった。往路が終わる頃に川口さんと秋山さん来山。頼まれていた御札を渡し、庫裏で毎年の新年会。もう20年くらいになるか。たくさんの話をしてよく飲んだ。近くに生活していても、なかなか最近は会って飲むことも減ってきた。暗くなる頃に奥さんが迎えに来て変える。赤井の伯母さんから電話ある。90歳超えてまだまだ頭ははっきりしていて会話もしっかり。夏また伺うというと「待っている」と応えてくれる。

2018年1月1日(月) くもり晴れ
あけましておめでとう。
6時半に起きお勤めをして、護摩壇を掃除する。寝たのが2時過ぎだったのであまり睡眠をとれていない朝。毎年のことだ。東海師に年越しの護摩を手伝っていただき、彼はまた甲府へと帰る。元日と2日の、玄法院と行藏院の初護摩にも参座するとのこと。今年は飯富の土橋夫妻だけが護摩に来てくれた。外に初詣はあったようだが、女房が鐘を撞く時間が長くかかったってことは、もうだんだん夜中に詣でる集落の人たちも少なくなってきたってことだ。除夜の鐘がうるさいと昼に鐘を撞く都会の寺もあるが、鐘を撞きに来る人が少なくなる寺というのもさびしい限りだ。10時から集落の新年互礼会。終わってから同志会の新年会。新しい年がまた始まった。

2017年12月31日(日) くもり
大晦日。
かきくけこちらは大晦日。かきくけこちらは曇って穏やかですが、新潟ではこんな風景の毎日になっているらしい。修験者も山には入れないので、「先月中旬から忘年会が続いてヘロヘロです」とのこと。山アさん、今年はたくさんお世話になりました。こんな辺鄙な所へ2度も来ていただくなんて。送っていただいた「高級鮭」3人で感動しながら美味しくいただきました。ありがとう。来年も大峯で会えることを願っています。
醍醐の山梨宗務所下の諸大徳の皆様にも今年一年お世話になりありがとうございました。新しい年もよろしくお願いいたします。東海師が年越し護摩に参座してくれることになっています。うちのところは、除夜の鐘の苦情もないので撞きますが、法螺貝も二人で今夜は吹くぞー!少し早いが今年にサヨナラだぁ。

2017年12月30日(土) 晴れ
今朝は冷えた。
池にはびっしりとたくましい氷が張った。朝の寒さはとても耐えられん。それでも風もなく穏やかな一日。午前中、灯篭の窓に和紙を貼ったり、鐘楼、祠にシメを張ったり、門松にシメをつけ手入れをする。檀家近く遠くからやってくる。昨日の夕方パソコンが不具合を起こしたので、年明けには少し使えなくなるかもしれない。かろうじてネットにはつながるので、つれづれもかけてはいるが、背景は真っ黒で不気味である。東海師から明日晦日の護摩に参座するとメールはいる。ありがたい。頭を刈ってさぶいさぶい。

2017年12月29日(金) 晴れ
佛前荘厳。
本堂の掃除をして大晦日のために仏前を荘厳する。朝はやはり寒さが厳しくてなかなか身体を動かすのが遅くなる。だが、炬燵に身を沈めてばかりでは動けなくなってしまうので、気合を入れて動きはじめるのである。バケツに水を酌んで雑巾で掃除を始める。本堂が少しずつきれいになり、正月の装いになってゆくのは僕だけの楽しみである。今日はGrateful Deadを聴きながら本堂の荘厳をした。Jerry Garciaのギターはほんとにいいな。風ほとんどなく穏やか。夕方冷え込んできた。午後は護摩札書き、ご朱印書き。檀家昨日あたりから暮れのあいさつに来てくれる。

2017年12月28日(木) 晴れ
納め不動。
午前中は昨日の大風で落ちた杉っ葉の掃除。境内から墓地から参道から庫裏の周りや八幡神社の入り口付近まで。午前中いっぱい掃除に時間を取られる。風がまだ吹くと嫌なので、外のシメは30日に付けることとする。お昼を食べて午後1時から護摩。「納め不動」の護摩。一年無事で息災で過ごせた。大晦日にも焚かなければならんので、今日のは一段護摩で短く。午後3時ごろに息子は相模原に帰る。護摩の後の掃除をする。全部やりきれず明日に回す。甲府のT工房から腕輪の加持の連絡来る。御朱印を30枚書かねばならん。

2017年12月27日(水) 晴れ
一日、風吹き荒れる。
日本海の北陸地方は大荒れの天気になっているようだ。新潟の山ア師はどうしているだろうかと切ない思いが湧いてくる。強い風は本堂の風鐸を一晩中カラカラカランと止むことなく鳴らせた。夜が明けても強風はおさまることなく日中も強い風が吹き荒れた。午後病院を定期受診。「一年お世話になりました」と若い女医に挨拶して帰ってきた。次は2月21日。今日と明日、獣除け柵扉の開閉当番。晦日とかでなくてよかった。何枚か頼まれたお札書く。明日の納め不動の護摩の準備をする。午後新潟の山ア師より、奉納と書かれた贈り物届く。とりあえず明日の護摩までお不動様の厨子の前にお供えする。

2017年12月26日(火) 晴れ
午後風強い。
炬燵に入ってゆっくりしてしまうと体は重くなって抜け出せなくなる。寒いけれど、エイッとばかりに着替えて外に出る。境内の土はまだ霜柱のように凍りついている。客殿の裏庭の落ち葉掃き。本堂脇の落ち葉掃き。もう落ち葉掃きは終わりだ。昼過ぎから風が強く吹いた。長い脚立を持ち込んで、庫裏の神棚のシメを張り替える。今年は閏月で13枚張ったが、来年は12枚で良し。松も入れ替える。一つずつ今年に幕を下ろし新しい年に衣替えしてゆく。車のタイヤ交換に息子が帰ってきた。中島みゆきを聴く。

2017年12月25日(月) 晴れ
門松を作る。
夜中雨が降った。この前降ったのはいつだったのか思い出せないくらい久しぶりの雨。朝にはもう止んでいたし、朝5時過ぎの空には星が見えた。雨が降ったのでいつもより暖かい朝で、今日は日中も気温が上がりとても過ごしやすい師走の日和になった。門松を作った。本堂前に一対、あと庫裏と住まいの玄関に一つずつ。シメを着けるのはもう少し待とう。鐘楼、本堂左右の祠にも縄を張る。

2017年12月24日(日) 晴れ
暮れの準備。
毎年正月用に使う松として外の便所の脇にある松の枝葉を伸ばしっぱなしにしておくんだけど、去年の末に、あまりにも伸びすぎて、混んできて、黒っぽくなってきたので思い切って短くしたので、今年はこの松の枝がまだ立派に成長していなくて使えない。仕方がないので裏山に生えている小さな松を採ってきた。身延の三吉屋からも頼まれているのでその分も採り夕方届けてきた。外を歩いていると体はあたたかい。それから、角松用の竹も切ってくる。来週の今日はもう大晦日だ。

2017年12月23日(土) 晴れ
明王寺冬至祭典。
富士川町の明王寺の年末の祭典に行く。南アルプス市の長谷寺のご住職と3人で執行。もう長いので打合せも簡単なもの。同い年の3人なので気心も知れている。天候も良く、盆地の景色も遠くまで見晴らしがきく。今日は天皇誕生日で休みなのだが、これがとりあえず来年まではいいとして、退位すると今日の23日は休日として残るかどうかが微妙なところ。気持ちよく、厳かに今年の最後のお祭りのお手伝いを終える。お父さんも間もなく88歳を迎えるというがまだ大丈夫そうだ。今日は明王寺の本堂で伺って初めに、神祇講式を読ませていただいた。来年もできたら読ませてもらおう。

2017年12月22日(金) 晴れ
欅の葉ももうほとんど枝を離れ。
静かに夕暮れてゆく。二十四節気の内の今日は冬至。夕闇の落ちてくるのが少しずつまたゆっくりになってくる。午前中本堂周りの落ち葉掃きや溝の掃除。明日の明王寺の冬至祭典のために午後頭を刈る。しんしんと冷えてきて刈りたての頭がキーンとさぶい。

2017年12月21日(木) 晴れ
納めの大師。
今日は一年の「納めの大師」。いつもは土曜の朝読むのだが、今日は特別に神祇講式を読み、お大師様に思いをはせた。午前中この神祇講式をネットで検索してみると、修験者のブログに出会った。そこに「神祇講式」全文と、現代語訳が掲載されていた。「神祇講式」は、ずいぶんと前に読んだことがあったがほとんど触れることなく月日が過ぎていて、観音経をしっかりと読めるようにお勤めの中に取り入れすらすらと読めるようになってから、次に読み始めた。今は土曜の朝勤行に読んでいる。ただあまり内容には詳しくなかったので、今日のこのブログはありがたかった。手持ちのものと内容を比べてみようと、コピーしてwordに落としたところである。

2017年12月19日(火) 晴れ
やっぱり車のナンバー830なんだな。
右:山ア師矢沢ファンの車の830は知っていたが、Y師とその友人の並ぶその向こうに停まっている秋田ナンバーの車のは、いわゆる8ナンバーのようだが?それも830。8ナンバーを調べてみたら、特種用途自動車(8ナンバー)ということになるらしい。特種用途自動車ってのは、パトカーや消防車、霊きゅう車など種々ある。で、その中に「その他」に括られる自動車があって、キャンピングカーや右翼の街宣車などがそれにあたる。ってことは?まあ、何はともあれ、右側の帽子かぶった白いスーツの方がY師なのである。
今日は一日墓地の掃除。落ち葉掃きや、お墓に供えられて枯れた花などを片付けて歩いた。夕方冷たい風吹く。

2017年12月18日(月) 晴れ
永ちゃんをこんなに楽しむ人がいる。
彼も決して若いとは言えない年齢だが、こんなに楽しんでいるのを見習わなければいけない。ドームで僕もストーンズを楽しんだよなぁ。で、新潟から行くにも、衣裳着替えたりするんだからすごいね。あっぱれだね。役行者みたいな人だね。

2017年12月17日(日) 晴れ
すごい修験者がいたもんだ。
矢沢shop新潟のY師。今夜は武道館の矢沢コンサートなのだそう。まさか東京まで出かけるとは恐れ入りました。さすがYAZAWAスーツ誂えるってくらいだから筋金入りだ。凄い修験者が現れたもんだ。全身で年末live楽しんできてくれ。
午前中、東京のKさんの娘さん一家墓参に来る。午前中陽射しがあってあたたかくなった。ここ何年か一家で年末の墓参りに来て、1時間ほどかけて寒い中をお墓を掃除してお参りしていかれる。二人のお子さんは新年度には高3、中3となり、来年の暮れはそれぞれ受験を控えるのでお母さんしか来れないかもしれないと。昨夕妹がたくさんお土産を持ってきてくれ、彼女の嫁ぎ先の寺は、いま乃木坂46ファンの聖地巡礼でとても賑わっているのだそうで、ファンからもらったというCDを何枚も持ってきてくれたので、Kさんとこの二人に訊くとファンだといい、貰っていってくれた。僕も「君の名は希望」の入ったアルバムはしっかりと所持した。夕方になってまたしっかりと外は冷え込んできた。

2017年12月15日(金) 晴れ
連日厳しい冷え込み続く。
本当にこんなに冷え込みのきつい師走ってあまり経験がないような気がしているのだが。池は氷るし、外の水道も朝は凍っている。外便所横の止水栓を閉じて朝開けるという、例年なら1月中下旬から2月にかけてやるようなことをしている。客殿の花瓶も割れてしまっては困るので水を捨てた。気を付けないでうっかりしていると割れて水浸しになっているという失敗を何度かした。学習機能はまだ働いてくれているようだ。正午から行われた、甲府:興蔵寺ご住職の葬儀に行く。60代半ばで逝ってしまわれた。人の一生のなんとあっけなくはかないもの、そんな当たり前のことを考えながら帰ってきた。帰ってきてお昼を食べてまた雑木切り。夕方ももうかなり冷え込んできた。

2017年12月14日(木) 晴れ
椿の枝を切る。
墓地の参道には何本も椿があって、手を入れないのでのびっぱなしになっている。柔らかな椿の枝は、紙縒りを編むように枝が交差している。横に混んで伸びているので、重たい春の雪で枝が折れることがある。いつも恨めしくなんとかしたいなと眺めていたが、意を決して今日は朝から一日枝を切ってバッサリとすっきりさせた。ものすごい量の枝が空き地に山のようになった。
朝仕事をはじめようとしているところへ、静岡の宗会議員のO師より電話が入る。寺の後継の件で、一人行ってみたいという人がいるがどうだろうかとのこと。こちらはとにかく会ってみたいのでお願いをする。もうちょっと話をしてみると、その方僕は一度お会いしたことがあり、山形の羽柴僧正の弟子になる方である。3月頃に一度つれて伺うとのことで、よろしくお願いしますと話す。

2017年12月12日(火) 晴れ
スウィングガールズ。
この矢口史靖監督の「スウィングガールズ」、WOWOWでやったのでまた録って見た。何度見てもこれはいい。今度は保存版とする。僕はこの映画名作だと思う。こんなに惹かれる映画はあまりない。ちなみに僕はこの監督の名前を史靖(ふみやす)だと思っていたら、(しのぶ)と読むようだ。ジャズにのめり込んでいく女子高校生がほんとにいいっすよ。そんでよくわからん山形の置賜弁が実に味がある。スウィングするビッグバンドジャズの魅力がガッツリ伝わってくる名作。
夕べ10時頃か、5分ほどものすごく外を強い風が吹いた。それでピタッと風は止んだのだが、今朝外に出ると、ケヤキの残り葉もモミジの葉もほぼ木を離れた状況になっていた。午前中女房と外で落ち葉掃き。僕は溝の落ち葉を集め、あと雑木切り。お昼に新潟の山ア師から電話ある。もう雪だそうだ。社長の店から送ってもらったワイン無事届いたとのこと。7月に伊勢参りからうちの寺に寄り、掛け軸にご朱印を書いた平塚市のKさんから、御宝前に供えてくれと酒が送られてきた。

2017年12月11日(月) 晴れ
不安になる。
お父さんが、「ちょっと用を済ませてくるから車で待っててね」と言って離れる。福井で3歳児が不明になって捜索が続いているようだが。駐車したすぐそばに川もありちょっと心配ではある。大人の言葉を3歳児はどのくらい理解できるのだろうか。10分ほどで車に戻ったらしいが、例えば「10分くらいだから待っててね」と話しても、3歳児は10分という時間を想像する事ができるだろうか。10分の時間を待っている間に、もしかしたら、突き上げてくるどうしようもない不安に車を開けて外に飛び出して、お父さんを捜したのではないか?
午前中女房は外の掃除。僕は除夜の鐘を撞く橦木を点検する。午後御札書き。午後少し強い風が吹く。枝に残る葉がだいぶ落ちた。

2017年12月10日(日) 晴れ
池、氷り張る。
この冬初めて池が凍った。表一面にモミジが落ちていて、まるでモミジを漉き込んだように氷が張っていた。寒く寒くなる。御札を作る。映画を見る。市川の遠藤さん暮れのあいさつに見える。90歳過ぎていたって健康元気。

2017年12月9日(土) 晴れ
新年準備。
申し込みのある新年祈願の御札書きを始める。たくさんあるわけではないので、熱を入れて書きはじめれば多分一日で終わってしまう。まだ申し込みはこれからもあると思うので、少しずつ仕事が無くならないようにやる。今年何度か護摩を焚いて加持させてもらった念珠腕輪の追加注文が入ったとのメールが届いたので、新年にまた加持させてもらえるようだ。静かな寺で静かに生活していても、やはり食って飲んで生きていかなければならないので、こういうお話は大変にありがたく貴重なんである。

2017年12月8日(金) くもり
John Lennon命日。
午前中JohnのCDかけながら暮れの仕事をする。毎年毎年、寒く冷たく毎日雪が降る美麻村の遊学舎でのJohnの訃報を聞いた日のことを思い出す。富岡八幡宮の宮司が弟に刀で殺されるという事件があった。年末年始を控える有名神社にとってあってはならんできごとだとは思うが何とも痛ましい。これもある意味、神社を家にしてしまったがゆえに起きた事件である。大好きな山本一力の時代小説は必ず富岡八幡宮が出てくる。今日の一日のように寒い寒い出来事だ。午後2時に春日居桑戸の田中氏来寺。桑戸不動堂の木造五大明王像を地域でお守りしているところの方で、お不動様の拝観に来た。1時間ほど寒い本堂でお話をして帰られた。

2017年12月7日(木) 晴れ
掃除。
庫裏玄関のサッシ戸拭き。玄関外の蛍光灯、山門の蛍光灯の掃除。山門は夏の終わりに一度きれいに洗ってあったので簡単に済んだ。長いほうきを持っていって山門のすす払いもする。年賀状の印刷も済ませる。別に特別凝った年賀でもなく、いつもの年のように挨拶状といった感じ。着々と新年の準備。

2017年12月6日(水) 晴れ
掃除。
窓ガラス拭き。蛍光灯の掃除。落ち葉掃き。便所掃除。お昼前に飯富のDさん、新年の御札を頼みに来てくれる。「娘が出産予定なので」と、安産祈願の御札も頼まれる。ちょっと一風流なところがあり、あまりお付き合いはないのだが、先日宗費の領収書を送ったことに対して礼状というかはがきをいただいた。僕が来年7月に退任するということを書いたので、慰労の気持ちも書いてくれてあった。本年を言い合うと分かり合えるようなところがあるのかもしれない。

2017年12月5日(火) 晴れ
暖かくなり無事葬儀終える。
昨日は寒い寒い日だったが今日は暖かくなった。10時半から葬儀。沼津、三島、横浜から亡き兄を送らんと3人の弟、その家族が来てくれる。正午に出棺し火葬、火葬の間に待合室で昼食をとりながら話をする。正月明けに四十九日忌が来るのだがと話すと、法事はするということで1月7日(日)にすることに決まる。こういう風にやることはしっかりとやるといってくれることがありがたい気がする。

2017年12月4日(月) くもり
寒い。
昨日はいい天気で、閉め切った部屋の中は暑いくらいだったけど今日は一日寒い曇り日。午後3時過ぎに明日のために寒い寒い庫裏の風呂で頭を刈る。午前中、護摩祈願の5尺札を手書きする。お昼前に、信州の大町市文化財センターのK氏から、うちの寺に甲斐源氏系図があることから、武田信玄の5男の仁科盛信の記載のある個所をコピーして送ってほしいと頼まれる。盛信は側室の油川夫人の子で、信玄亡きあとは異母兄である勝頼に仕えた。織田軍による甲州征伐に奮闘したが自刃している。で、系図を見ると勝頼の隣に「信盛」と記されている。そのことを書いて系図の写真をメールに添付して送ると、「信盛」と書かれた系図もあるということをK氏は調べているので、ありがとうということにあいなった。
佐野K氏の遺体を今日も一日客殿に置いて、香を焚いて供養していたが、久しぶりに生れ在所に帰ってきて懐かしんで、魂はコロコロと鞠のように遊んでいるかもしれない。

2017年12月3日(日) 晴れ
不思議なことが続くものだ。
ほんの2週間ほど前に檀家の方が亡くなり、その死は同居する妻がそれを認知できなくて放っておいて、死後10日ほど経過してご近所の方が訪ねて気が付いたというものだったが、ほぼ同じようなケースで檀家の方が亡くなった。こっちは一人暮らしだったが、回覧板を回しに行った近所の方が不審に思って家の中に入ると、すでに冷たくなっていたというもの。診断書は死亡日は25日頃となっているので、こちらも一週間ほどが経過していたということになる。連絡を受けた静岡県に住む二人の弟から寺に昨夕連絡があった。同じように警察署に遺体が運ばれていて、今回もまた葬儀社に棺持参で搬送してもらい、借家に戻っても仕方ないということで、直接客殿に遺体を安置した。二組の弟家族と葬儀社と相談し、明日は友引のために見送り、5日の10時半から葬儀をして、昼過ぎに火葬し納骨することにした。遠く離れていて泊るところもないので、朝早い時間に出かけてこなくて済むように、葬儀後の火葬とした。この家もこの人の死をもって墓を継ぐ者はいない。数年後に、父親の50回忌を迎えるので、それをもって永代供養としたいということを弟夫婦と確認した。それまでは、護寺会の付き合いも継続してくれるとのこと。今年は夏に葬儀があっただけだったが、秋以降ちょっとさびしい弔いが続くことになった。

2017年12月2日(土) 晴れ
はしだのりひこ。
Yahooニュースではしだのりひこが亡くなったことを知った。YouTubeで”風”など彼の作った歌とあの高音の透き通るような声を懐かしく聴いた。きのうも行藏院のご住職と僕らも若くはないという話をしたところだ。何曲か聞いていると、『京都フォークデイズ・ライブ 「完全版」』というKBS京都創立65周年記念というラジオ番組がアップされていた。今年の4月23日のこのコンサートの特別ゲストに、なんとはしだのりひこが登場していたのだ。北山修に紹介されて車いすで登場というはしだは、進行性の病にあるということを話しながらもあの名曲“風”を歌った。ちょうど1時間ほどの番組を懐かしく、感慨深く聴いた。僕は中学から高校とほぼフォーク少年だった。いまは節操なくRockでもjazzでも沖縄民謡でも何でも聞くが、今思うと、僕の住んでいる地域枠の中には、ロックやブルースやジャズという音楽を選択して聴くという環境がなかったのだと思う。唯一がフォークだったのだから仕方がない。加藤和彦が去り、はしだ氏も亡くなり、北山氏がひとりフォークルになった。ふたりぼっちのポールとリンゴのようなものか。冥福を祈りたい。こういう気持ちで何を聴くかというと、ちょうどオークションで仕入れたばかりのArt Pepperの「at the Village Vanguard」のCDがしみじみとしっくりくるのである。

2017年12月1日(金) 晴れ
6か月点検。
自動車の半年点検が10時から。ついでに冬用タイヤに交換してもらう。早めでもほとんど乗らないので問題ない。終わってそのまま甲府行藏院に向かう。その間に明王寺住職からmailが入る。ご住職の従兄の興蔵寺のご住職が亡くなったという知らせ。師走の明王寺の冬至祭りでしかご一緒する機会はなかったが、一年に一度だけちょっとの時間酒を飲みながら話をするのは楽しみだった。だいぶ悪いとは聞いていたが、まだ60代半ばである。昼時間に近くなってちょっと気が引けたが行藏院を訪ねる。護摩木と散杖を手土産とした。何回かヌルデの木で護摩が焚いてもらえる。都会に住むご住職はこんな田舎の山にあるようなものが、実はとても嬉しかったりするのだ。パソコンをいじったりしながらお昼ご飯までごちそうになってしまい、帰りには高価な都会のお土産を女房と娘にいただいた。師走の入り。もう今年お会いすることはないかもしれないと挨拶を交わして帰ってきた。